小説「新・人間革命」  1月15日 新世紀46

山本伸一は、松下幸之助に、教育は、いわば自分の命と引き換えにして打ち込まなければならない事業であることを述べた。そして、政治家の育成よりも、自身の健康、長寿を第一にしてほしいとの思いを伝えた。

 だが、松下の信念は固かった。自分の残された命を人材の育成に捧げたいというのだ。

 伸一は、折れざるをえなかった。

 「お心は、よくわかりました。確かに、松下先生のおやりになるべき仕事です。日本の将来を担う人材の育成のため、おやりになってください」

 松下は嬉しそうに微笑み、こう続けた。

 「それで先生には、ぜひ塾の総裁に……」

 伸一は、その気持ちはありがたかったが、丁重に辞退した。自分は、適任ではないと考えたからである。

 その後も出会いを重ねるたびに、松下は塾の構想について熱心に語り、意見を求めた。伸一も、学園と大学を創立した経験を踏まえて、率直に自分の考えを語った。

 「大事なのは一期生です。一期生を鍛え抜き、その一期生が母校に帰ってきて後輩を訓練する――そこから人材を繰り返し広げていって、良き伝統を築いていくわけです。

 吉田松陰の『松下村塾』も、いわば、一期生しかつくっておりません。『毎年、一期生をとる』決心で、おやりになってはいかがでしょうか」

 塾の路線においても、伸一は語った。

 「人類に求められているのは“世界市民”の自覚です。“国家”よりも“人間”を前面に主張した方がよいのではないでしょうか」

 松下は「二十一世紀の日本」を深く憂え、どうすべきかを、真剣に考えていた。

 必死の一念の可能性を、松下は「何としても二階に上がりたい。どうしても二階に上がろう。この熱意がハシゴを思いつかす。階段をつくりあげる」(注)と記している。

 彼の熱意は、独創的で壮大な構想を生んだ。その一つが「将来、日本を無税国家にすることができる」との主張であった。