第34回 「SGIの日」記念提言  上・中・下 2009年1月26日

未来志向に立つ行動戦略が重要

 もう一つの提案として述べておきたいのは、国連の進むべき方向性を打ち出し、求心力を高めていく組織として、「グローバル・ビジョン局」を国連に設置するプランです。
 かつて経済学者のケネス・ポールディンゲ博士は、私が91年にハーバード大学でソフト・パワーついて論じた講演に触れて、これからの時代は「正統性を持った統合力のあるパワー」が重要となると語っておられたことがあります(本紙92年3月4日付)。
 その博士が、”国民国家は過去の栄光にその正統性を見出すが、国連は人類の未来の展望にその正統性を求める”(横田洋三・宮野洋一編薯『グローバルガバナンスと国連の将来』中央大学出版部)との指摘をしておりますが、まさに至言といえましょう。
 これまで国連は、政府間組織という性格もあり、起こった問題に事後的に対処する傾向が強かったように思われます。 チョウドリ氏も、国連には日常業務を取り扱う部署や諸活動を管理する機能はあるが、将来何が人類の課題となるのかを見定めて方向性を示す専門の組織が存在しないことへの懸念を表明されていました(「潮」昨年12月号)。
  私もまったく同感であり、常に未来志向に立ってビジョンを構築し、50年先、100年先を見据えて行動戦略を打ち立てるシンクタンク的機能をもった組織が、国連には不可欠であると考えます。
 また、その運営にあたっては、女性の視点や青年たちの声を反映させることに留意し、青年や子どもたちのエンパワーメン卜(能力開花)を常に視野に入れた討議を行うべきであると、強調しておきたい。

文明や宗教の垣根越え人類の英知を結集
「対話」こそ歴史創造の原動力
"危機の時代"に誕生した創価学会とSGI
民衆の連帯で「平和の文化」を!

 国連創設50周年の翌年(96年)に創立した戸田記念国際平和研究所では、国連の強化についても研究を重ねてきました。今後も、国連の重要なレゾンデートル(存在理由)である「人類の未来の展望」の面で、国連をさらに力強くサポートする研究機関としての活動を展開していきたい。
 また、私が創立したボストン21世紀センターや東洋哲学研究所でも、国連が取り組む地球的問題群の解決のために、これまで積極的に進めてきた「文明間対話」や「宗教間対話」を継続させながら、人類の英知を結集する挑戦を続けていきたいと思います。

相互理解の促進が焦眉の課題

 どのような困難な課題であろうとも、互いの立場や差異を超えて、同じ人間として率直に話し合う「人間主義」に根ざした対話の道を開くことが、一切の出発点となります。
 国連自体もそうでした。先のケネディ氏によると、国連は創設の頃から”一種の三脚椅子”にたとえられていたといいます。第一の脚は国際安全保障を確保するための措置、第二の脚は世界経済の改善、第三の脚lは諸国民間の理解の向上にある、と。その上で氏は、「他の二つの脚がどれだけ強くとも、諸国民間の政治的、文化的理解を向上させる方法を打ち出さなければ、この体制は失敗し、崩壊するだろう」(前掲『人類の議会』)と強調しています。
 相互理解の促進は、現在においても焦眉の課題で、国連は本年を「国際和解年」とし、明年を「文化の和解のための国際年」に定めました。これは、真実の解明と正義の実現という目的のためl=、寛容と対話が不可欠の手段であることを、国連が注視している証左にほかなりません。
 世界では、昨年末から武力衝突の激化で多くの犠牲者が出たガザ地区をはじめ、スーダンコンゴ民主共和国(旧ザイール)の情勢など、容易ならさる問題が山積しています。
加えて、難民と国内避難民の増大や、各地で広がるテロの脅威にどう対処するべきかという課題にも直面しています。
これらの難問にあたるには、国連のリーダーシップのみならず、それを支える各国の協力と粘り強い外交勢力が欠かせません。
 そして何よりも、暴力と憎悪の連鎖をともに断ち切り、「平和の文化」という共存への土塁を積み上げながら、人間の尊厳に基づく「平和への権利」を21世紀の世界を守る石垣として堅固なものにしていく取り組みが求められます。
 この時代変革のために、誰もが始めることができ、かつ、無限の可能性を秘めた挑戦が「対話」です。
 私はその力を信じ、冷戦対立が深まりをみせた74年から74年にかけて、中国とソ連アメリカを相次いで訪問し、首脳との直接対話に臨み、緊張緩和の道を民間次元で開いていったのをはじめ、分断fが進む世界に友好と信頼の橋を懸ける努力を重ねてきました。

トインビー博士が注視したもの

そうした私の対話の挑戦l=期待を寄せてくださっていたのが、歴史家のトインピー博士でした。
100年、1000年の単位で人類史の興亡を俯瞰し、「挑戦と応戦」という歴史観を導き出した博士が、新たな歴史を開く原動力として注目していたのも「人間性」という共通の大地に根ざした対話の持つ可能性だったのです。
博士は半世紀前に日本で行った講演で、人間は歴史の中でどこまで自由でありうるかとのテーマに論及したことがありました。
 そこで博士は、人間の歴史には何らかの法則性や反復性といったパターンを見いだすことができ、自らもその概念を800年もの周期をもつ文明興亡の循環にまで広げてきたが、その半面、「まったくパターンのない人間的事象がたしかにあるものと本当に信じている」と述べ、こう結論されたのです。
「人間的事象のうちでパターンが事実存在しないと思われるのは、人格と人格のあいだの邂逅接触の分野である。この邂逅接触のなかから、真に新らしい創造といったなにものかが発生するのだと思う」(松本重治編訳『歴史の教訓』岩波書店)と。
  冒頭で論じてきたように、特定のイデオロギーや民族や宗教といった枠にとらわれて「抽象化の精神」の罠にからめとられてしまった時、人間は”時流”という歴史の浅瀬で立ち往生し、そこから一歩も前に進めなくなってしまうのが常であります。
 そうではなく、互いの表面に無造作に付けられたラベルを取り払って、一個の人格として向き合い、対話という精神の丁々発止を重ねていってこそ、トインピー博士の言う窮極において歴史を突き動かす「水底のゆるやかな動き」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)を、ともに生み出すことができるー。
私はその信念で、人間を隔てる一切の垣根を乗り越え、ある時は敵対し合う国を往復し、ある時は対話の回路のない国々や地域を結ぶ一本の線となりながら、世界のリーダーや識者の方々との対話を進めてきました。その結晶ともいうべき対談集は50点を超え、現在準備中のものを含めると約70点に及びます。

人間触発の大地を広げゆく誇り

 振り返れば、 創価学会は1930年という危機の時代の最中に誕生し、SGIもまた1975年という危機の時代に発足しました。
 以来、私どもは、牧□初代会長の「人道的競争」のビジョンと、「地球上から”悲惨”の二字をなくしたい」との戸田第2代会長の熱願を旗印に、国連支援に一貫して取り組むとともに、一人一人が良き市民として、草の根レベルで「平和の文化」の裾野を広げる対話の実践を地道に続けてきました。
 そして今、戸田第2代会長が私との語らいの中で、「やがて創価学会は壮大なる『人間』触発の大地となる」と展望されていた通り、人間主義で結ばれた民衆の善なる連帯は、世界192カ国・地域に大きく広がるまでになりました。
 その誇りと使命を胸に、 明年の学会創立80周年とSGI発足35周年を目指し、「対話」の力でグローバルな民衆の連帯を築きながら、「平和と共生の世紀」への道をどこまでも開いていきたいと思います。

語句の解説

注4 ドルショック
1971年8月、アメリカのニクソン大統領がドルの全兌換の停止を宣言したこと。ベトナム戦争による財政悪化の解決策として、輸入課徴金の実施などを内容とするドル防衛を図った結果、世界経済に衝撃的な影響を与えた。その後、為替相場は「変動相場制に移行することになった。

注5 京都議定書
97年12月に京都で行われた「気候変動枠組条約」第3回締約国会議で採択された議定書。第1約束期間にあたる2008年から2012年までに締約国が90年比で温室効果ガスの排出量の5.2%を削減することを日標とし、各国ごとに拘束力のある数値が示された。

注6 核使用に関する勧告的意見
94年12月の国連総会の決議を受けて、 96年7月に国際司法裁判所が示した勧告的意見。「核兵器の使用と威嚇は、国際法や人道に関する諸原則、法規に一般的に反する」と指摘するとともに、 NPT第6条が定める「核軍縮への誠実な交渉」には結果に達する義務も含むとの解釈を示した。