小説「新・人間革命」  5月16日 波濤28

人の幸福を願う必死の祈りは必ず通じる。

 日蓮大聖人は「大地はささばはづ(外)るるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみ(満)ちひ(干)ぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかな(叶)はぬ事はあるべからず」

(御書一三五一ページ)と御断言である。

 ――北川翔は、大崎哲也の熱意と真心に打たれ、この救出の翌年に入会している。

尾道丸」の海難事故を受け、運輸省(当時)は技術検討会を設置し、大型船遭難のメカニズムの研究に乗り出した。船の強度や三角波の実態など、本格的に研究が進められた。

 その結果、コンピューターによる安全運航システムが開発され、船の設計基準も大きく変わっていった。それによって、“魔の海域”での海難事故は激減していくことになる。

 北川は、海難審判に受審人として、何度も立たなければならなかった。

 そして、一九八三年(昭和五十八年)八月、事故の原因は、波浪による衝撃現象の実態が解明されていないためであると審判が下された。北川には、職務上の過失はなかったことが明らかになったのである。

 八一年(同五十六年)四月、学会本部で行われた「波濤会」の家族勤行会で、大崎は、この救助活動の体験を発表したのだ。

 大崎の妻のフミは、夫が“魔の海域”で救出劇を展開していた時、そんなことが起きていたとは、全く知らなかった。鹿島港に帰港する直前、船からの夫の電話で初めて知ったのである。

 彼女は、日々、真剣に題目を唱え続け、家庭を守ってきた。家族勤行会には、その妻も参加し、夫の体験発表に耳を傾け、仏法の偉大な力をかみしめていた。

 命がけで人命救助にあたった大崎の体験に、参加者は、仏法者の生き方を学び、“波濤会魂”を実感した。

「精神」は、「行動」によって表現されてこそ、初めて輝きを放つのである。



語句の解説



三角波/強風の時などに、方向の異なる二つ以上の波が、重なり合い発生する三角状の高い波。