随筆 人間世紀の光 No.203 人間の中へ民衆と共に㊦ 2009-8-29

堂々と 青春勝利の旗高く!

戦い切った栄冠は わが生命に燦たり



 堂々と   民衆の旗    高らかに   先頭 立ちゆく     偉大な人たれ



 わが創価の妙音菩薩たる芸術部の友は、常に広布の前進の曲を奏でてくれる。なんと力強い響きか!

 芸術の闘士ビクトル・ユゴーは、昂然と綴った。

 「最上の手段は最後の決心から生まれてくる」

 その通りだ。「断じて負けない」と決めた一念ほど、深く強いものはない。

 往年の大横綱納谷幸喜さん(元・大鵬親方)も、聖教新聞の紙上で、青年に語りかけてくださった。

 「『もうだめだ』と思った次の瞬間に『もう一歩!』と踏ん張る“耐える精神力”が大切だよ」と。

 反撃の執念こそが、わが生命を、金剛の力士の如く鍛え上げるのだ。

        

 忘れもせぬ昭和56年の師走──大九州の大分に飛んだ私は、空港から、国東半島の付け根にある日出町《ひじまち》の功労者宅へと走った。

 第一次宗門事件の暴風が吹き荒れた大分で、理不尽な誹謗・中傷に耐え、戦い抜いた方々である。

 この勇者を讃えずして、誰を讃えるのか。この一人を励まさずして、誰を励ますのか。その一人は、必ず地域へ、未来へ波動する。

 福岡でも秋田でも、三重でも千葉でも、さらに群馬、宮城、また、石川、富山でも……いずこでも、私の足は立ち止まらなかった。

 法華経の行者の行住坐臥には、無駄な時間はない。瞬時の出会いでも、一本の電話でも、仏縁を結べる。

 それが、友の幸福を願い、正義を広げゆく地涌の菩薩の実践行動である。

 昭和58年3月、大阪・枚方市の関西創価小学校で"宝の王子・王女"を励ました後には、門真市に入り、大阪市鶴見区の友が営む店に立ち寄った。隣接の旭区にも店を構えておられた。勝利の人生を祈った。

 さらに一路、守口門真文化会館(当時)に向かい、和歌を贈った。



 守口と   ともに門真の    広宣に   つくし果せし    君に幸あれ

        

 続く3月15日には、兵庫・西宮市の功労者宅に伺った。戸田先生が好まれた"大楠公"の歌の舞台でもある兵庫の弟子は、必ず"師弟"で立ってくれる。

 そう信じ、私は「3・16」のエピソードを通し、戸田先生との厳粛なる「師弟の劇」を語ったのだ。

 そして、私は宣言した。

 「私たちは、絶対に負けなかった。私たちは完全に勝った」

 あれから26星霜──誉れの兵庫の友は、大震災をはじめ幾多の苦難を勝ち越え、常勝不敗のスクラムを築き上げてくれている。

 「人間もほんとに信じあって一つにかたまると、こうも強く美しくなるもんか」──文豪の吉川英治氏が、楠木正成を中心とする団結を讃えた一節である。それにも勝る至高の結合こそ、我らの大関西なのだ。

 その後も、中国方面の島根や山口などで出会いを重ね、500軒目の功労者訪問は、愛する四国であった。愛媛・大洲のお宅である。昭和60年2月のことだ。

 さらに、対話の花園は、北海道にも、静岡にも、沖縄にも広がり、いつしか日本全国、600軒を超えて、語らいの花また花を咲かせていった。

 一人ひとりと結んだ“師弟の絆”は三世永遠である。

       

 なんのため   生き抜く我は     成し遂げむ   社会と世界に    平和を築くと



 人類の議会たる国連のチョウドリ前事務次長は、私との対談で語られていた。

 「理解の輪を広げるには、まず、自分で自分をエンパワー(啓発)することが大切です」と。

 わが魂に力が漲っているか、情熱が燃えているか。ここが急所である。

 だからこそ、共に励まし合いながら、強盛なる祈りを根本に、自分で自分を勇気づけていくのだ。

 そしてトルストイが結論した如く「勝つと決めた人間が必ず勝つ」と大確信をもって、持てる力を出し切っていけばよいのである。

 チョウドリ博士は、さらに言われた。

 「自分自身から他の何人かの関心を呼び起こすことができる。そして今度は、その数人が、エンパワーメント(能力開花)の輪を広げていくのです」

 「やがて、二人、三人、四人と、『平和の文化』に取り組む人の輪が広がっていきます。これは実に魅力的で、大いなる変革です」

 自身の決定した一念が、目の前の一人の納得を呼び覚ます。そして、共感の波は一波、万波と広がっていくというのである。これは、私の長年の経験からも疑いのない方程式だ。

 蓮祖は、使命の戦いに臨む門下に仰せになられた。

 「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451㌻)

 すなわち全宇宙の仏天を、わが生命に「入其身《にゅうごしん》」させゆく祈りを教えてくださっている。広宣流布のため、苦難に挑むなかでこそ、汝自身の胸奥から、仏の真髄の大生命を発揮していくことができるのだ。

 これこそ、究極の「エンパワーメント(能力開花)」に通ずるといってよい。

 さらにチョウドリ博士は結論された。「すべての人びとを結ぶ『平和の文化』の壮大な連帯を築く“主役”は、青年です」と。

 私が出会いを重ねた祖父母や父母たちの信心を受け継ぎ、立派に成長する男子・女子・学生部の人材群が、今、世紀の大舞台に躍り出る時代となった!

 誠に頼もしい限りだ。

        

 若き君   立ちて走りて       常勝譜



 今、青葉を広げる青年桜の側には、かつて「創価青年会館」があった。

 私の提案で建設された、初の本格的な“青年の牙城”であり、現在の世界青年会館の先駆の砦であった。

 その誕生は、40年前の8月30日であった。

 落成の前日、私は同会館を訪れ、若き後継の師子たちの大いなる成長と飛翔、そして大勝利を念じた。

 青年よ、戦うのだ!

 青年よ、走るのだ!

 青年よ、勝つのだ!

 嬉しいことに、今、新たに「常勝関西青年会館」の建設も進捗している。

 さらに、来る9月1日は、私か心から信頼する牙城会の記念日である。全国の宝城を、私と同じ心で厳護してくれている。

 広布の勇将・創価班の諸君とともに、わが直系中の直系の勝利の英雄である。



 青春の   炎と炎が     舞いあがり   広宣流布と   世界をつつまむ



 15年前、世界青年会館の誕生に贈った一首だ。

 「創価学会は、人材の城を築け!」──戸田先生は東北の天地で叫ばれた。

 一番大切なのは、不屈の“人材の城”である。創価の青年の一人ひとりだ。

 雄々しく戦い抜く、わが池田門下の男子部!

 麗しく対話の華を広げるわが池田華陽会の女子部!

 鋭き英知の言論を放つ、わが本門の学生部!

 清流の如く前進する青春の王女・女子学生部!

 広布第2幕の機は熟した。頭《こうべ》を上げて胸を張れ!

 今こそ、わが青春の生命をば、揺るぎない大城の如く、そびえ立たせるのだ。

        

 かの英国の信念の指導者チャーチルは叫んだ。

 「最後まで戦うならば、栄冠以外のものはありえない」「何が起ころうとも、われわれはみんな最後まで戦ったと(後世)記録されるだろう」

 悔いなく戦い切った時、考えてもみなかった人間革命のドラマが待っている。わが地域に、功徳の華花《はなばな》が咲き薫ることだろう!

 創価の同志よ、誇り高く前進しよう! 目の前の一人から、朗らかに永遠の勝利の道を開きゆくのだ。

 日蓮大聖人は、愛弟子の太田左衛門尉に言われた。

 「法華経の持者は 教主釈尊の御子《みこ》なれば争《いかで》か梵天・帝釈・日月・衆星も昼夜・朝暮に守らせ給はざるべきや」(御書1017㌻)

 生命の位において「第一の人」であられる皆様方を、無数の諸天善神よ、守りに護り給えと、私も妻も、祈り抜いている。



 我らには   内なる栄光    満々と   富にも勝る    最後の勝利が



 ユゴーは『レ・ミゼラブル豊島与志雄訳(岩波書店)。吉川英治は『私本太平記』(講談社)。チャーチルは『チャーチル名演説集』チャーチル研究会訳(原書房)、クート編『チャーチル名言集』天野亮一訳(同)。