小説「新・人間革命」  12月21日 未来28

運転手がバッテリーを調べると、端子につけていた線が外れていた。

 それをつないで、キーを回すと、エンジンはスムーズに動き始めた。

 バスは十日ほど前から試運転を始め、何度もコースを回り、園児の乗降場所を確認してきた。その間、一度も途中で止まることはなかった。どうやら、そこから油断が生じ、この日は、点検を怠っていたようだ。

 これまで大丈夫だったからといって、今日も大丈夫であるという保証はない。毎回、点検し、万全を期すことが、無事故を貫く要件である。

 幼稚園に戻った運転手の青年は、職員室にいた山本伸一のところに、謝りに来た。

 その誠実さが、伸一は嬉しかった。

 「無事故でいくんだよ。それには、油断をしないことだ。そして、事故を起こさないための原則を定め、それを徹底して順守していくことだよ。

明日も、また、バスに乗って、二コースと三コースを回り、園児たちを送るからね。しっかり頼むよ。

 あの子どもたちは、二十一世紀を幸福と平和の沃野に変える大樹だ。よき種が、よき苗となり、よき大樹となるために、私は、生命を捧げる思いで、その種を育てようと決意しているんだよ」

 園児を大切にしようとする伸一の心を、運転手の青年は、ひしひしと感じた。

 ちょうど、この入園式の日、札幌創価幼稚園の近くにある羊ケ丘の展望台では、札幌農学校で初代の教頭として教育に当たった、クラーク博士の銅像の除幕式が行われた。

 札幌農学校でクラーク博士に教えを受けた学生の一人は、アメリカに帰国した師への手紙に、こう記した。

 「先生が当地で蒔かれた種は、とてもみごとな芽を出し始めました。時が来れば、よき果実を結ぶことは間違いありません」(注)

 伸一は、札幌創価幼稚園に学んだ子どもたちも、やがて、見事な果実を結ぶことを確信していたのである。



引用文献:  注 『クラークの手紙』佐藤昌彦・大西直樹・関秀志訳、北海道出版企画センター