小説「新・人間革命」  12月22日 未来29

入園式の翌日、登園して来た園児たちの、元気な声が園舎に響いていた。

 保育室を回るために、ロビーに出て来た山本伸一は、園長の館野光三に言った。

 「にぎやかだね。でも、子どもたちが、うるさいぐらい元気なのは、すばらしいことなんだよ。それによって、周りが生命力をもらえるんだ。輪陀王の故事のようなものだ」

 御書によると、輪陀王は、白馬のいななきを聞いて、威光勢力を増す。その白馬は、白鳥の姿を見て、いなないたという。

 「元気な子どもの声を聞けば、家族も、地域の人たちも、“かわいいな。この子たちを守るために頑張ろう”と元気になる。それが、社会を向上、発展させていく力にもなる」

 伸一は、最初に、年少の「ばら組」の保育室を訪問した。

 彼は、皆に、パンとジュースを用意してきたことを告げたあと、こう尋ねた。

 「では、質問します。皆さんの担任の先生は、なんという先生ですか」

 「こんどうせんせいでーす!」

 皆が一斉に答えた。

 「はい、そうです。近藤先生は、最高の先生なんですよ。よかったね。皆さんは幸せなんです。先生の言うことを、よく聞いてください。私も、皆さんが立派に成長するまで、ずっと見守っていきます」

 伸一は、年長の三つの保育室でも、同じように担任の教師を誉め讃えた。園児が先生を好きになるように、また、若い教員が自信をもてるようにと、彼は彼の立場で、懸命に応援しようとしていたのである。

 この日、家に帰った園児が母親に言った。

 「お母さん、ぼくのクラスの先生は、最高の先生なんだよ。ぼくは、幸せなんだよ」

 人を尊敬する心を、植え付けることこそ、人間教育の肝要といえよう。

 「人間として人間を尊敬するということが、あらゆる高貴な感情の基礎である」(注)とは、イギリスの女性解放思想の先駆者ウルストンクラフトが述べた真理の言葉である。



引用文献:  注 メアリ・ウルストンクラーフト著『女性の権利の擁護』白井堯子訳、未来社