小説「新・人間革命」  1月25日 未来55

二〇〇八年(平成二十年)の三月には、韓国のソウルに、世界で六番目となる「創価の人間教育」の幼稚園が開園した。

 自分の幸福はもとより、人びとの幸福を創造していく子どもたちを育てようとの趣旨から、その名を「幸福幼稚園」とした。

 幸福幼稚園は、豊かな緑に囲まれ、約三千平方メートルの敷地に立つ園舎は、地上三階、地下二階で、最新の設備を整えている。

 山本伸一は、戸田城聖が、韓・朝鮮半島の人びとの幸せと平和を、心の底から祈り念じていたことが思い出されてならなかった。

 なかでも一九五〇年(昭和二十五年)、朝鮮戦争(韓国戦争)が勃発した時、戸田が「かわいそうだ。あまりにも悲惨だ……。

民衆一人ひとりの胸中に、平和の哲学を打ち立てるとともに、平和の指導者を育まねばならぬ」と語っていたことが忘れられなかった。

 その朝鮮戦争の休戦から五十五年、韓国に創価人間主義教育の城が誕生したことに、伸一は、深い感慨を覚えた。

 彼は、幸福幼稚園の創立者として、未来に希望の陽光を仰ぐ思いで、開園式に、メッセージを送った。

 伸一は、そのなかで、一人ひとりが自分自身の幸福を築くだけでなく、周囲の人びとも幸福にしていける人に育つよう念願するとともに、「皆さんこそ、幸福をつくる『太陽の王子』であり、『太陽の王女』なのです」と訴えた。さらに、「この幸福幼稚園から、韓国の未来を、そして人類の未来を担いゆく大人材が、続々と躍り出ることを」と、満腔の期待を寄せたのである。

 “韓国の、世界の、未来を頼むよ!”

 伸一は、心で、こう叫びながら、このメッセージを綴った。

 「善い教育とは、まさに世界のあらゆる善が生じる源泉にほかならない」(注)とは、哲学者カントの洞察である。

 人間の一生には限りがある。だからこそ伸一は、次代のため、未来のために、“人”を残そうと、教育に生涯を捧げたのである。



引用文献:  注 「教育学」(『カント全集17』所収)加藤泰史訳、岩波書店