小説「新・人間革命」 5月 24日 勇気44
護送されている薩摩藩士が、公家の臣下である父子を手にかけずとも、父子は、役人によって殺害されるにちがいない。そして、罪は、藩士に押しつけられ、重罪に処せられることになろう。
どちらにせよ、助からないのなら、討幕の再挙をはかるために、殺害することもやむを得ない――という意見が出される。
同志を殺して、自分たちの罪が軽くなることを選ぼうとする皆の心を、是枝万介という藩士は見抜き、真っ向から異を唱える。
「生死を誓った同志ではないか。生きる時はいっしょに生き、死ぬ時は、潔くいっしょに死ぬのが道ではないか」
だが、藩士たちは、「再挙のため」を理由に、父子の殺害を決める。
では、誰が、その役を担うのか――。
名乗り出たのは、是枝であった。彼は、自害を勧めようと考えた。それが、武士の情けであると思ったからだ。また、自分も、共に死のうと、心を決めたのである。
是枝は、父と子に、維新を成就させるため、同志の犠牲となって切腹するよう、説得にあたる。だが、息子は、聞き入れない。
「不正なものを倒して、正しい世の中にしたいと思えばこそ、今のいのちが惜しまれるのだ」
やむなく是枝は息子を斬り、深手を負わせる。その息子を介錯したのは父親であった。
――「ほんとうの悲壮なことに出あわれるのは、むしろこれからですぞ」「これからは貴殿たちの時代です。どうか、しっかりやってください」
苦難のなかで呻吟し抜く覚悟なくしては、大義を貫くことなどできない。
死せる父親が、従容として語った遺言は、「ただ同志の方々に、よろしくとお伝えください」であった。