小説「新・人間革命」 6月12日 敢闘8
牧口常三郎は、自分の教育学説出版の意向を戸田城聖に語ったあと、すぐに、それを打ち消すように言った。
「しかし、売れずに損をする本を、出版するところはないだろう……」
戸田は、力を込めて答えた。
「先生、私がやります!」
「しかし、戸田君、金がかかるよ」
「かまいません。私には、たくさんの財産はありませんが、一万九千円はあります。それを、全部、投げ出しましょう」
小学校教員の初任給が五十円前後であったころである。師の教育学説を実証しようと、私塾・時習学館を営んでいた戸田は、牧口の教育思想を世に残すために、全財産をなげうつ覚悟を定めたのである。
「私は、体一つで、裸一貫で北海道から出て来ました。そして、先生にお会いしたことで、今日の私があるんです。また裸一貫になるのは、なんでもないことです」
牧口は、じっと戸田を見て頷いた。
「よし、君が、そこまで決心してくれるのなら、ひとつやろうじゃないか!」
牧口の目は、生き生きと輝いていた。
そして、つぶやくように言葉をついだ。
「さて、どんな名前にしようか……」
すると、戸田が尋ねた。
「先生の教育学は、何が目的ですか」
「一言すれば、価値を創造することだ」
「そうですよね。……でも、価値創造哲学や、価値創造教育学というのも変だな」
「確かに、それでは、すっきりしない。創造教育学というのも、おかしいしな……」
戸田は、頬を紅潮させて言った。
「先生、いっそのこと、創造の『創』と、価値の『価』をとって、『創価教育学』としたらどうでしょうか」
「うん、いい名前じゃないか!」
「では、『創価教育学』に決めましょう」
時計の針は、既に午前零時を回っていた。
師弟の語らいのなかから、「創価」の言葉は紡ぎ出されたのである。