小説「新・人間革命」 6月24日 敢闘18

山本伸一の話を聞きながら、中部学生部長の長田耕作は、父母の苦闘を思い起こして、唇をかみしめた。
 彼は、兵庫県の神戸の生まれで、父親は寿司職人であった。父は繁華街に店を開いていたが、トラブルに巻き込まれ、やむなく店を閉じ、養鶏業を始める。それにともない、転居した家は、畳さえ満足になかった。
 しかも、そこで、さらに人に騙され、経済的にも大きな打撃を受けた。
 途方に暮れていた両親は、学会員であった父の妹の勧めで入会した。長田が小学校三年の時である。
 一家に、初信の功徳が現れた。かつて面倒をみた知人が、兵庫県の明石にある店舗を貸すから、もう一度、寿司店を開かないかと連絡をくれたのだ。といっても、数人も客が入れば、いっぱいになってしまう、
小さな店であった。しかし、人生の再出発ができたのだ。暮らしは、決して楽ではなかったが、父も母も歓喜に燃え、真剣に唱題に励んだ。
 仕入れを始める早朝から、店を閉める深夜まで、懸命に働きながら、わずかな時間を見つけては、折伏に励んだ。嘲笑されもした。愚弄されもした。しかし、負けなかった。
 やがて、広くて、新しい店舗を構え、その二階の住居を座談会場とした。
 夫を亡くし、乳飲み子を抱えた婦人や、病に蝕まれ、自嘲を浮かべる青年も、連れられて来た。
その人たちに、サンダル履きに割烹着姿の婦人や、仕事場から駆けつけた作業服の壮年が、頬を紅潮させ、確信をもって、幸福への道を、仏法を、語り説いた。時には、目に涙さえ浮かべての対話であった。
 そこには、人間の温かい心の交流があり、生命の触発があった。
 また、最初、青い顔で、意気消沈して、座談会に連れて来られた人たちが入会し、信心に励むようになると、日増しに、はつらつとしていく様子を、長田は目の当たりにしてきた。
創価学会には、庶民のなかに脈動する、仏法の力の証明がある。