【第25回】 第25回 師弟勝利の門を開く 広布の花 女子部 2010-7-9
皆、誓いを果たし幸福に
友は忘れない。あの時の励ましを。慈愛に満ちた眼差しを。共に歌った歌声を。
昭和44年(1969年)8月21日。女子部の夏季講習会で行われた全国野外集会。
池田名誉会長と7500人の参加者の大合唱が、夜空に何度も何度も響きわたった。
生きてゆこうよ 希望に燃えて……。
当時の女子部が愛唱した「人生の並木路」。
皆、声の限り歌った。瞳には美しい涙が光っていた。
名誉会長は、一人一人を包み込むように語った。
「どんな困難なことがあっても頑張るんだよ。幸せのために。正義のために」
「私は、皆さんをいじめる者と生涯、断じて戦います」
参加者にとって、この時の思い出は今も鮮やかだ。
「この時、誓ったんです。『先生と共に広宣流布をします!』『先生と共に女子部は必ず幸せになります!』と」
「女子部は、一人も残らず幸福になりなさい」
昭和26年(51年)7月19日に女子部を結成した、戸田第2代会長の願いである。恩師の願いは、不二の弟子である名誉会長の祈りとなり、誓いとなり、闘争となった。
女子部の人材グループ「華陽会」。昭和27年(52年)の秋、「華のように美しく、太陽のように誇り高くあれ」との不滅の指針を掲げて、戸田会長のもとで誕生した。
名誉会長は「華陽会は戸田先生の忘れ形見」と、友の薫陶に全魂を注いだ。この希望のスクラムは今、「池田華陽会」となって世界に広がる。
華陽会の研修でのこと。グループごとに円になってボールを回す“円陣パス”をした。10回ぐらいしか続かない。それを見た名誉会長は「断じて落としちゃいけない。百までやろう」と提案。皆、生まれ変わったように球を追い、ついに目標を超えた。「一念を定めれば壁は破れる」ことを友は学んだ。
名誉会長は、自分を信じて待つ友のため、何よりも自らの誓いを果たすため、最後の最後まで走り抜いた青年メロスの姿を通し、強く語った。
「これは私の過去でもあるし、これからでもあり、私の決意でもある。皆さん方も、何も恐れず、自分の戦いをやり通していただきたい」
女子部1期生であり、華陽会である香峯子夫人は、名誉会長から信心の姿勢を、こう教わったと記している。
「『勝つつもりです』というと、『つもりはいけない』『“必ず”勝つのだ』と言われる。それほど信心に対しては厳格なんです」
幸不幸も、環境で決まらない。自分で決まる。
弱さは不幸である。強いことが幸福である。ゆえに、自分の弱さと戦う時こそ“まことの時”である。
今 師とともに 太陽の心で……。
「この歌とともに、生涯、わが『誓い』を抱きしめながら、心晴れ晴れと進んでいただきたい」「悔いのない、素晴らしい勝利の歴史をつくっていただきたい」