小説「新・人間革命」 灯台 14 5月5日
ある時、職場の上司が、彼女に語った。
「ヨーロッパの貴族のなかには、本当に大切な工芸品などは、誰にも触らせず、自分で楽しみながら磨くという人もいる。
君は、それと同じ仕事をしているんだよ」
〝そうなのか〟と思うと、心に余裕と喜びが生まれた。仕事をどうとらえるかで、仕事に対する姿勢も、意欲も、全く異なってくる。
単調で、つまらないと思える仕事であっても、そこに豊かな意味を見いだしていくところから、価値の創造は始まる。
代田は、喜々として作業に励みながら、深く心に誓った。
〝仕事は、ただ、給料をもらうためだけにするのではない。職場は、自分を輝かせる人間修行の道場なのだ。
たとえ、任された仕事が、お茶を入れたり、アシスタント的なものであっても、結婚までの腰掛け的な気持ちでいたのでは、職業人としての成長はない。
どんな仕事でも、なくてはならない大事なものだ。
それを完璧にこなしていくには、努力、創意、工夫が必要だ。
もし、お茶を入れることが仕事なら、そのプロになろう。コピーをとることが仕事なら、そのプロになろう。
コピー一枚とるにも、その人の仕事への姿勢が表れるし、真心も投影される。周囲は、学会員である自分を見ている。
つまり、誠実にコピー一枚とる姿にも、広宣流布があるのだ。
どんな立場であれ、職場の第一人者になろう。それが、学会員として、山本先生にお応えする道ではないか!〟
代田は、美術・工芸品を、大切に、懸命に、心を込めて磨き続けた。
そして、何年かが過ぎ、気がつくと、さまざまな美術・工芸品の良否を見極める目が磨かれていたのだ。
そんな彼女の姿を、職場の上司や周囲の人たちは、じっと見ていた。