小説「新・人間革命」 灯台 43 6月9日

山本伸一は、団地は、社会の一つの縮図であると考えていた。
彼は、車で移動する際にも、団地を目にすれば、同志の幸せと活躍を念じ、題目を送るのが常であった。
また、新しい団地建設が、新聞などで報じられるたびに、団地の未来に思いをめぐらした。
〝今、団地住まいをしている人たちは、比較的若い世代が多く、活気にも満ちている。
しかし、二十年、三十年とたった時、現在の団地は、どうなっていくのだろうか……〟
日本の社会は、やがて、先例のない高齢化の時代を迎えることが指摘され始めていた。
それだけに、子どもたちが独り立ちしていけば、高齢夫婦の世帯や、高齢者の独り暮らしも増えていくことになろう。
この一九七七年(昭和五十二年)当時、五階建てまでの古い団地は、たいていエレベーターもなく、また、高齢者や障がい者のためのスロープなども設けられていなかった。
そうした設備を見直し、未来に対する備えが必要となることは言うまでもない。
とともに、伸一が、何よりも痛感していたのは、人と人との絆を固くし、強い共同体意識を育まねばならぬということであった。
将来、高齢者の独り暮らしなどが増えていけば、隣近所の声かけや励まし、助け合いなどが、ますます必要不可欠なものとなるからだ。
また、若い夫婦などの場合、育児に悩むことも少なくないが、子育てを終えた経験豊富な年代の人たちのアドバイスや協力が得られれば、どれほど大きな力になるだろうか。
災害への対策や防犯などにおいても、行政の支援だけでなく、住民相互の協力や結束こそ、地域を支える大きな力となる。
そのために必要なことは、同じ地域、同じ団地のなかにあって、互いに人びとのために尽くそうとする、心のネットワークづくりである。人間の心が通い合う新しいコミュニティー(共同体)の建設である。
伸一は、その使命を、団地部のメンバーが担い立ち、社会蘇生の原動力となってほしかったのである。