小説「新・人間革命」 福光 7 2011年 9月8日

山本伸一は、再び歩き始め、第二代会長・戸田城聖の、歌碑の前に立った。
そこには、伸一の文字で、「妙法の 広布の旅は 遠けれど 共に励まし とも共に征かなむ」との、戸田の歌が刻まれていた。
伸一は、その碑を見ながら、県長の榛葉則男に、なおも話し続けた。
「この戸田先生の歌碑は、明日、正式に除幕式を行うんだね。
戸田先生は、本当に青年を大切にされた。広布の旅は長征だ。何代もかけて成していく大事業だ。だから青年を育てるしかない。
県長は、全力で青年部を育てるんだよ。
学会が年々歳々、大前進を遂げてきたのは、青年を育成してきたからだ。
私も、三十二歳で会長に就任した時から、青年を育てるために、全精魂を注ぎ抜いてきました」
「先生は、どのようなことを心がけて、青年の育成に当たられたんでしょうか」
幹部の一人が、伸一に尋ねた。
「いい質問だね。私は常に、自分の方から青年たちに声をかけ、率直に対話し、励ましてきた。幹部が、つんと澄まして、知らん顔をしているようでは駄目です。
胸襟を開いて飛び込んでいくんです。   
たとえば、座談会の終わりごろに、仕事を終えて駆けつけて来た青年がいたら、『よく来たね。ご苦労様! 大変だっただろう。
頑張ったね』と、包み込むように、力の限り励ましていくんです。そうすれば、?次も頑張って参加しよう?と思うものです。
それを、?遅れて来てなんだ!?というような顔をして、声もかけなければ、?もう、来るのはよそう?と思ってしまう。
『励ます』ということは、『讃える』ということでもあるんです」
皆、大きく頷いた。
「また、私は、青年を包容しながら、大きな責任を託した。実戦こそが最高の学習の場だからです。
そして、失敗した時には、最後は、全部、私が責任を取った。大切なのは、その度量だよ」