小説「新・人間革命」 共戦 48 2012年 1月11日

山本伸一が、山口開拓指導で徳山入りし、「ちとせ旅館」を訪れたのは、一九五六年(昭和三十一年)十一月のことであった。
その夜、この旅館で座談会が行われることになっていた。
夕刻、女将の大山ツネが厨房にいると、背広姿の、きちんとした身なりの青年があいさつに来た。伸一である。
「このたびは、大勢で押しかけ、大変にお世話になります。ご迷惑にならぬよう、細心の注意を払ってまいりますが、何かございましたら、遠慮なく、おっしゃってください。よろしくお願いいたします」
実は、女将は、最初、たくさんの客が入ったことを喜んでいたが、出入りが激しいことから、いささか閉口していたのだ。
しかし、伸一の礼儀正しさに驚き、『この人たちなら、何も問題はないだろう』と、安堵に胸を撫で下ろしたのである。
誠実さは、礼儀正しい振る舞いとなり、そこから信頼が生まれるのである。
この夜の座談会には、女将も派遣メンバーに誘われて、参加する約束をしていた。といっても、冷やかし半分で、女性の従業員と一緒にのぞいてみることにしたのだ。
夜、仕事が一段落すると、彼女は、座談会に顔を出した。
なんと、中心で話をしているのは、あいさつに来た、あの青年であった。
実に堂々としており、その声には、強い確信があふれていた。
伸一は、宿命転換の直道は、真実の仏法にあることを訴えたあと、女将に声をかけた。
「女将さんも、何か、悩みがおありなのではありませんか」
「息子が、来春、大学を卒業するんですが、まだ、就職が決まっていないんです。今は、それが最大の悩みです」
もともと勝ち気な性格であり、悩みなど、人に語ったことはなかったが、つい相談したくなって、口に出してしまったのである。言ったあとで、「」しまった』と思った。