小説「新・人間革命」 共戦 52 2012年 1月16日

山村年子は、山本伸一を一瞥し、鼻先で笑うようにして尋ねた。
「では、お聞きしますけど、御本尊というのは紙ですよね。紙に字が書いてあるだけのものに、なぜ、そんなに力があるんですか」
伸一は、真心を込めて語っていった。
「紙でも、大きな力をもっているではありませんか。五万円、十万円の小切手を、『これは紙だ』と言って、捨てますか。
届いた電報に『ハハキトク』とあったら、紙の文字でも、平気ではいられなくなるでしょう。
地図も紙です。正しい地図を信じて歩みを運べば、目的地に行けるではありませんか。
幸福を確立する生命の力を開くための、信仰の根本となる対象が御本尊なんです」
彼は、多くの例を挙げて訴えていった。
「山本室長。時間です。これ以上、遅れると、次の座談会に間に合わなくなります」
同行している幹部に促され、伸一は、やむなく腰をあげた。部屋を出る時にも、もう一度、山村に呼びかけた。「信心して、幸せになってください」
彼女は、返事をしなかった。心のなかでは、伸一に、なんとも言えぬ温かさを感じ、信心しようという思いは、ほぼ固まっていた。
でも、信心すると言えば、「負け」を認めるような気がしたのだ。
しばらくして彼女は入会した。伸一をはじめ、学会員の鼻を明かしてやりたいと思い、御本尊の力を試してみることにしたのだ。
一週間は、真剣に唱題し、次の一週間は、やめてみた。結果は、あまりにも明白であった。題目を唱え始めた日から、喘息の発作はピタリと治まった。
唱題をやめると、死ぬのではないかと思うほど激しい発作が起こり、顔が別人のようにむくんでしまった。
「御本尊様の力は、よくわかりました! 信じますから、病気を治してください」
山村は御本尊に、ひたすら詫びた。
御書に「道理証文よりも現証にはすぎず」(一四六八p)と仰せのように、厳たる現証に、山村は、信心に目覚めたのである。