小説「新・人間革命」 薫風 32 2012年 3月6日

炭鉱経営に携わる中森富夫と父親が、最も恐れていたのは、炭鉱の事故であった。
もし、大事故が起これば、取り返しのつかないことになる。しかし、安全管理にどれだけ力を注いでも、いつ大事故が起こるかわからないのが炭鉱である。
彼らが、入会に踏み切った背景には、事故を防ぎたいとの思いもあった。
入会した中森は、学会の先輩から、勤行の励行と教学の研鑽、弘教の実践こそ、信心の基本であることを指導された。
勤行をすると生命力がみなぎるのを実感した。
御書を勉強すると、仏法の法理の深さに感嘆した。教学が大好きになった。
そして、入会半年後、十数年、闘病生活を送り、人生に絶望していた友人に弘教することができた。
友の苦しい胸中を思い、なんとしても幸せになってもらいたいと念じながら、諄々と仏法の偉大さを訴えたのだ。
語るうちに、自然に涙があふれた。話し込むこと三時間半、友人夫妻も、泣きながら入会を決意した。折伏歓喜と感動を知った。
信仰の最大の醍醐味は、弘教にこそある。
しかし、中森は、仕事の忙しさに負け、いつしか活動から遠ざかっていった。
入会三年半が過ぎた、一九六〇年(昭和三十五年)秋、東京で行われた同窓会の会場のロビーで、突然、男性に声をかけられた。
「学会の方ですね?」
中森は、胸に学会のバッジを着けていたのである。声の主は、機関紙誌でよく目にしていた会長の山本伸一であった。
「あっ、山本先生!」
伸一の横には、理事長や理事らもいた。
彼は、驚きのあまり、名乗るのも忘れ、思いがけないことを口走ってしまった。
「先生。少し、お痩せになったのではありませんか。学会員が心配してしまいますよ」
伸一は、微笑みながら答えた。
「私が痩せても、あなたが、しっかりすればいいんです。私に代わって、皆を安心させるんです。その気概をもってください!」