小説「新・人間革命」 薫風 34 2012年 3月8日

班長の農島重勝は、組長になった中森富夫を連れて、唐津一帯を指導、弘教に歩いた。
中森は、農島から学会活動の基本を、徹底して教えられた。
「自分の組の同志には、必ず会うことが大事ばい。電話の連絡だけですまそうなんて考えたらいかん。もっとも、電話があるのは、あんたんところぐらいばってんね。
人間は、目と目を見合わせ、腹を付き合わせて語らんと、本当のとこはわからんばい。
本当のとこがわからんと、本当の激励も、指導もできん。生命ばい。生命の触れ合いがあっての、指導であり、折伏たい」
農島は、仏法対話も実に上手であった。中森の場合は、一生懸命に話せば話すほど、仏法とは何かという、くどくどとした説明になってしまう。
その話に、相手は納得しても、「うん、いい話を聞いた」というぐらいで、信心するとは言わない。農島の言葉を借りれば、「相手の生命に刺さっていない」のだ。
その点、農島の話は、単純明快であった。
「正しか暦ば信じるなら、生活は円滑ばい。ばってん、去年の暦ば正しいと信じて生活するなら、失敗ば繰り返すことになる。人間は、必ず信じる対象の影響ば受ける。
宗教というんは、『おおもとの教え』ばい、生き方の根本たい。だけん、真実の教え通りに生きてこそ、幸せになれるとよ。その真実最高の教えが日蓮大聖人の仏法たい。
実際、俺も、信心ばしてから、病気やら、幾つも悩みば乗り越えてきたとばい。
今は金もなかし、ただの労働者ばってん、俺は必ず幸せになる。絶対になるっちゅう確信のあるけん。あんたも、一緒に信心せんね!」
大確信をもって、こう語るのだ。すると、中森が仏法の話をしても、入会を渋っていた人が、信心するというのだ。
中森は、『折伏は、単なる理屈ではない』ことを知った。農島は彼に言った。
「中森さん、弘教を実らせるのは、まず第一に、絶対に、この人に幸せになってもらいたいという、相手を思う真心の唱題たい」