小説「新・人間革命」 薫風 35 2012年 3月9日

農島重勝は、話を続けた。
「二番目は、弘教はこっちの確信ばい。第三に粘りばい。一度や二度、話ばして、信心せんからって、あきらめたらいかんばい。長い目でみらんと。
また、一人や二人に下種ばして、信心せんからって、くさったらいかん。苦しかこつに出おうたら、ますます闘志ば燃え上がらせるとが、学会精神たい」
農島が、最も真剣に中森に訴え続けたのは、師弟についてであった。
「大学で学問をするには、その道ば究めた教授が必要やろ? 信心にも師匠が必要なんよ。我見じゃいかんとばい。
俺は、山本先生が第三代会長に就任されてから、先生を師匠と決めて、その指導通りに実践ばしてきた。
聖教新聞に載った先生の指導は、頭ん中に叩き込んできたばい。
先生のおっしゃる通り、教学ば学んで、懸命に折伏に励んだ。そのおかげで、尋常小学校出の俺が、御書も読めるようになったばい。人ば救うこともできたばい。
長屋に住んどっても、幸せを実感しとる。
あんたも、師匠を見失わんごとせないかんばい。自分の心ん中に、いつ、いかなる時も、先生がおらんといかん!」
農島は、中森が活動を開始して、四カ月後に、福岡県に転居することになった。その引っ越し前日の夜まで、彼は、中森を連れて弘教に歩いたのである。
「俺の引っ越しのことなんか、心配せんでよか。俺んとこは、家財も、荷物もなんもなか。着の身着のままやけんね」
中森は、自分を必死になって育てようとする農島の真心が、胸に染み渡る気がした。
『この誠意に応えるためにも、自分は、広宣流布の闘士になろう』と、彼は心に誓ったのだ。
後輩を育てるために必要なのは、学歴でも、社会的な地位でも、学会の役職でもない。
相手の成長を祈り願って、共に行動し、共に苦労しながら、実践のなかで信心を教えていく情熱と忍耐と誠実である。