小説「新・人間革命」 薫風 37 2012年 3月12日

佐賀文化会館での懇談会で中森富夫は、山本伸一に、佐賀県広宣流布の伸展状況について、種々、報告した。
その時、寺津克彦と出井静也が呼びに行った、創価大学の現役学生と卒業生がやって来た。合わせて七人が、顔をそろえた。
「よく来たね。待っていたんだよ。さあ、こっちへいらっしゃい」
伸一は、満面に笑みを浮かべた。
「みんなのことは、よく知っているよ」
そして、三年生の尾崎一利に声をかけた。
「元気そうでよかった。一年生の時より、大きくなったね」
尾崎は、伸一と、直接、言葉を交わすのは初めてである。
『なぜ、先生は自分のことをご存知なのか』
尾崎は、不思議でならなかった。
しかし、伸一の方は、ずっと、彼のことを気にかけていたのだ。
──尾崎が創価大学に入った年の入学式で、創立者の伸一は、式場の中央体育館の壇上から、新入生一人ひとりに視線を注いだ。
皆のことを、心に焼き付けておきたかったのである。
彼の視線が、前方左の、銀縁のメガネをかけた男子学生で止まった。痩せて弱々しい印象の学生であった。
『環境の変化から体調を崩しているのか。四年間、元気に頑張れるだろうか……』
伸一は、この学生のことが心にかかり、雄々しく成長していけるように、祈り念じてきたのだ。それが、尾崎であった。
尾崎は、入学式で伸一が、自分を、じっと見つめていたことを思い起こした。驚きに身がすくむ気がした。
『山本先生は、創大生一人ひとりを、本当に大事に思ってくださっているんだ!』
七人のメンバーのなかに、伸一と会った緊張のためか、硬い表情をしている現役創大生がいた。彼を見ると、伸一は笑みを向けた。
「怒ったような顔をしないで、楽しそうな顔をしようよ。最も信頼し合える、創立者と学生、師匠と弟子の語らいじゃないか」