小説「新・人間革命」人材城 45 2012年6月1日

山本伸一との懇談会に出席した、代表メンバーの報告は続いた。
熊本県北部の山鹿や、西部の天草、中南部の八代、南端の水俣など、一人ひとりの話に、伸一は、じっくりと耳を傾けていった。
前年、妻を癌で亡くしたという男子部の本部長の報告もあった。「妻の分まで、一生涯、信心に励み抜いてまいります」との決意を聞くと、伸一は言った。
「その決意が大事だよ。亡くなった奥さんもそれを一番、喜ばれます。私も追善します。
順風満帆の人生は、それはそれでいいかもしれないが、そんな人生は、ほとんどありません。皆、多かれ少なかれ、なんらかの試練に直面しながら、生きているものなんです。
何もない人生であれば、ささいな障害にも不幸を感じ、打ちひしがれてしまう。人間が弱くなります。鍛えられません。
しかし、君のように、若くして最愛の奥さんを亡くしたという人は、強くなります。
また、人の苦しみがわかる人になれます。したがって、誰よりも慈愛にあふれたリーダーに育つことができるんです」
フランスの女性作家ジョルジュ・サンドも、「他人に最も働きかける力があるのは、最も試練にあった人である」(注=2面)と記している。
伸一は、力を込めて言葉をついだ。
「試練は、自分を磨き、強くしていくための財産だ。心から、そうとらえていくことができれば、大成長できる。
しかし、悲しみに負けて、感傷的になれば、足を踏み外し、自堕落になってしまうこともあり得る。今が、人生の正念場だよ。
君は、一人じゃないんだ。学会があるじゃないか! 同志がいるじゃないか! みんなとスクラムを組んで、強く生きるんだよ。
奥さんは、君の胸の中にいる。奥さんの分まで信心に励み、奥さんの分まで幸せになっていくんだ。成長を待っているよ」
強い響きの、温かい声であった。
青年の目は、生き生きと輝いていった。