小説「新・人間革命」 2012年 6月5日  人材城48

乃木辰志は、二浪の末に、熊本大学の医学部に合格した。
母親は、息子の辰志が信心し、慈悲の哲学をもった妙法の医師になってほしいと、懸命に祈り続けてきた。
辰志が、受験勉強に明け暮れるなかで、自己中心的な考えに陥ってしまっている気がしてならなかったからだ。
文豪ゲーテの家庭医も務めた名医フーフェラントは、「自分のためでなく、他の人のために生きること、これが医師という職業の使命であります」と語っている。
母親は、『辰志には、本当に患者を思いやる、立派な医師になってほしい』と思った。
そして、真剣に入会を勧めた。
「医学の知識を身につければ、立派な医師になれるわけではないわ。お金儲けや、自分の名誉のことしか考えないとしたら、医師としても、人間的にも尊敬できないでしょ。
本当に立派な医師になるには、人間としての思想や信念、生命の哲学が必要なのよ」
母親は、息子の大成を願い、日蓮仏法の必要性を懇々と訴えた。その言葉は、辰志の胸に深く刺さった。
彼は、積極的に信心に励む気にはなれなかったが、一応、入会して?、熊本に向かった。
大学の入学式から数日後、母親が様子を見に熊本へ来た。彼女は『辰志を、しっかりと学会の組織につけなければ!』と思い、必死に祈って、熊本に来たのである。
辰志は、まず大学を案内し、それから、大学近くのスーパーに行った。すると母親は、鮮魚を売っていた壮年に声をかけた。
「この辺りに、創価学会の人はいませんでしょうか。ご存じありませんか」
学会員であることを知られたくないと思っていた辰志は、恥ずかしくて汗が噴き出た。
壮年は、こともなげに答えた。
「おう、いるよ。すぐそこに、学会の学生部の拠点があるよ」
壮年はブロック長をしているという。
子を思う母の祈りは、事態を次々に開いていく。祈りは、宇宙をも動かす。