小説「新・人間革命」人材城 53 2012年6月12日

五月二十九日、熊本文化会館の周辺には、朝から大勢の学会員が待機していた。山本伸一に一目会いたいと、熊本県の各地から来た人たちである。
文化会館の窓から、そうした人たちの姿を見た伸一は、県長の柳節夫に言った。
「私は、今日の午後には、東京に戻らなければならない。この機会を逃すと、しばらくお会いできないだろうから、来られている方々のために、勤行会を開きたいと思う。
全員、会館のなかに入ってもらってください」
アメリカの哲人・ソローは記した。
「今こそ好機逸すべからず」
ホイットマンは叫ぶ。
「大事なこと、それは今、ここにある人生であり、ここにいる人々だ」
伸一も、「今」の重みを痛感していた。
午前十時過ぎから、伸一の導師で勤行が始まった。突然の勤行会開催に、集って来た人たちは皆、大喜びであった。
勤行終了後、九州担当の副会長が話をしている時、伸一は、熊本の幹部に尋ねた。
「ここから、阿蘇にできる講堂まで行くには、時間は、どのぐらいかかるの?」 
「一時間以上かかると思います」
「そうか。じゃあ、今回は無理だな」
阿蘇には、七月、女子部の会館として白菊講堂が、オープンする予定であった。
マイクに向かった伸一は言った。 
「今度、白菊講堂ができましたら、私も必ず伺います。熊本は、本当に、いいところです。すばらしい人材が光っています。また、おじゃまします」
彼は、可能ならば、日本全国の、いや全世界のすべての会館を訪問し、その地域で広宣流布のために奮闘する同志と会い、共に語らい、励ましたかった。
自分の体が一つしかないことに、口惜しさを覚えることもあった。
伸一は、訪問できない地域の同志には、ひたすら題目を送った。『心は、常に一緒ですよ。私に代わって地域広布を頼みます』と叫ぶ思いで、唱題に唱題を重ねてきたのだ。