◇ 「生命尊厳の絆 輝く世紀を」(下) 2012-1-28

時代変革のビジョンを共有し地球的課題への挑戦を?
 
 続いて、人々の生存・生活・尊厳に深刻な影響を及ぼすさまざまな脅威を克服するための具体策について言及したいと思います。
 その前に提起しておきたいのが、「平和の文化」の母と呼ばれたエリース・ボールディング博士が強調していた二つの観点です(以下、『「平和の文化」の輝く世紀へ!』、『池田大作全集第114巻』所収)。
 一つは、人々が未来へのビジョンを共有した上で行動することの大切さであり、もう一つは、200年の現在という時間軸に立って生きていくことの大切さです。
 最初の点について、博士は次のようなエピソードを紹介してくれました。
 ──1960年代、軍縮の経済的側面について研究している学者の会議で、もし完全な軍縮が達成できたら世界はどうなるのかと、博士が尋ねた。すると返ってきたのは、「私たちにはわからない。私たちの仕事は、軍縮が可能であることを説くことにあると思う」といった、思いもよらない答えであった、と。
 その時の経験を踏まえて博士は、「ある運動が、具体的に、どのような結果をもたらすかを思い描くことができずして、どうしてその運動に心から献身できるでしょうか」と、疑問を呈していました。
 大事な問題提起だと思います。いくら平和や軍縮が必要であったとしても、運動の底流に具体的なビジョンが脈打っていなければ、厳しい現実の壁を打ち破る力を生み出すことは難しい。事態打開のために「心から献身」したいと願う人々を結集する紐帯になるものこそ、皆が心から納得して胸に抱くことのできる明確なビジョンであると博士は考えておられたのです。
 
200年の現在の時間軸と責任感
 もう一つの観点である200年の現在とは、今日を起点として過去100年と、未来への100年の範囲を、自分の人生の足場として捉えるものです。
 博士は、こう強調されていました。
 「人間は、現在のこの時点だけに生きる存在ではありません。もし自分をそういう存在だと考えるならば、今、起こっている事柄にたちまち打ちのめされてしまいます」
 しかし、200年の現在という、より大きな時間の中に存在すると考えれば、今年生まれた乳児から今年で100歳の誕生日を迎える高齢者にいたるまで、多くの人々の生きる時間に関わる可能性が大きく広がっていく。自分は、その「より大きな共同体」の一部を成す存在であるとの世界観をもって生きていくことが大切である、と。
 それは、脅威に苦しんできた人々に思いをはせると同時に、新しい世代が同じ悲劇に見舞われないよう、未来への道を切り開く責任感を促すものなのです。
 このボールディング博士の観点を踏まえつつ、私は「人道」「人権」「持続可能性」の三つの観点から、人類が共有すべきビジョンを提起したい。
 「どの場所で起こった悲劇も決して看過せず、連帯して脅威を乗り越えていく世界」
 「民衆のエンパワーメントを基盤に、地球上の全ての人々の尊厳と平和的に生きる権利の確保を第一とする世界」
 「過去の教訓を忘れず、人類史の負の遺産の克服に全力を注ぎ、これから生まれてくる世代にそのまま受け継がせない世界」
 私はこれまで30回にわたる提言を通じて、これらのビジョンを常に想起しながら具体的な提案を重ねてきました。どんなに複雑で困難な課題に取り組む上でも、ビジョンから逆算して考えるアプローチが、混迷深まる現実社会の袋小路から抜け出すためのアリアドネの糸(道しるべ)となり、変革の波を巻き起こすための代替案の源となると信じるからです。
 そこで今回は、対応が遅れれば遅れるほど未来世代への負荷が大きくなる、「災害」「環境と開発」「核兵器の脅威」の三つの課題に焦点を当てて解決の方途を探ってみたい
 
災害に苦しむ人々を支え人権守る国際協力を強化
 
UNHCRの任務拡大し被災者支援
 まず災害に関して提案したいのは、被災者を支援する国際枠組みの整備です。
 現在、国連国際防災戦略を通じて、予防的な側面から災害による被害の拡大を防ぐためのさまざまな協力が進められています。
 しかし災害は、人智を超えたところで予期せぬ被害をもたらすもので、被災の苦しみにさいなまれている人々を実際にどう支えるかという点が同時に重要になります。この点を考慮して私が強く呼びかけたいのは、被災者への支援において緊急性に基づく人道的な対応に加えて、「被災者には尊厳ある生活を営む権利がある」との人権ベースに立ったアプローチを確立することです。
 そこで、国連難民高等弁務官事務所UNHCR)が、これまでケース・バイ・ケースで対応してきた「災害避難民への救援活動」を、正式な任務に盛り込むことを提案したい。
 これまでの歴史を通じてUNHCRは、本来の任務である難民保護に加えて、国内避難民や戦争被災民の救援、庇護希望者や無国籍者の保護といったように、援助の対象や活動の範囲を広げてきました。
 UNHCR規程では「国連総会の決定するその他の活動にも従事しなければならない」(第9条)とあり、数々の国連総会決議を経ることで法的根拠が与えられてきたのです。
 世界では毎年、約1億6000万人が被災し、10万人もの命が奪われる状況が生じており、災害の発生件数や被災者の数も、1970年代と比べて約3倍も増加しています。
 特に犠牲者の大半が途上国に集中しており、災害と貧困との悪循環が問題になっているのです。
 こうした中、UNHCRアントニオ・グテーレス高等弁務官も、次のような認識を示しています。
 「2004年のインド洋津波や他の近年の災害から、被災者の人権への新たな脅威が発生していることが確認されたように、いかなる新しいアプローチも人権ベースでなければならないことは明らかである」
 この指摘通り、災害救援から復興の過程において、被災者の尊厳をいかに守るかが大きな焦点となってきています。
 ともすれば、被災者の健康状態や生活状況の悪化は、災害時にはある程度避けられないものと見なされがちですが、むしろ緊急時であればこそ、そうした一つ一つの権利の欠落が被災者にとっては命取りにもなりかねないのです。
 その改善のために、UNHCRが常に支援に関われる仕組みを確保した上で、他の国際組織と共に「人道主義」と「人権文化」に立脚した救援活動を展開し、人々の生命と尊厳を徹底して守る態勢を整えるべきだと思うのです。
 
人権教育に関する国連宣言が採択
 災害をはじめとする脅威や社会的弊害に苦しむ人々の尊厳を守る上でも「人権文化」の建設は喫緊の課題であり、先月の国連総会で「人権文化」を教育や研修を通じて育むための原則や達成目標を示した歴史的な宣言が採択されました。
 この「人権教育および研修に関する国連宣言」は、2007年の国連人権理事会で草案起草が決定して以来、検討作業が進められ、「人権教育学習NGO作業部会」をはじめ、さまざまなNGOが市民社会の声を反映させようとサポートを行ってきたものです。
 このNGO作業部会の議長を務めるSGIでは、現在、宣言の精神を踏まえて、人権教育アソシエイツ(HREA)や国連人権高等弁務官事務所と協力し、人権教育のためのDVDを制作しております。
 宣言に基づく取り組みが世界的に広がれば、災害が発生した国の政府や自治体が行う救援においても、人権ベースの活動の重要性に対する認識が深まっていくことが期待されます。
 「人権文化」の建設は21世紀の国際社会の中心課題であり、SGIとしても今後、市民社会の側からの取り組みをさらに強力に進めていきたいと思います。
 
防災から復興まで女性の役割を重視
 二つ目の提案は、防災から救援、復興にいたるまで災害に関する全てのプロセスで、女性の役割の重視を国際社会の取り組みとして徹底させることです。
 災害のような「突然襲いくる困窮の危険」に対処するには、一人一人の置かれた状況に向き合うのと同時に、人々が自らの力で事態を打開しようとする動きを支えることが重要です。
 その意識を社会に根づかせる上で欠かせないのは、女性の役割に光を当てることではないでしょうか。
 災害によって命を失うのは女性が男性より多く、大規模な災害ほど格差は大きくなるといいます。また、ひとたび災害が起こると、女性が生活上の不自由や過度な負担を強いられる状況が生じるだけでなく、人権や尊厳が脅かされる危険性が増すといわれます。
 しかしその一方で、女性が本来持っている「防災に貢献する力」や「復興に貢献する力」に、もっと着目して対策に反映させる必要があるとの認識も高まりをみせています。2005年の国連防災世界会議で採択された「兵庫行動枠組」では、「あらゆる災害リスク管理政策、計画、意思決定過程にジェンダーに基づいた考え方を取り入れることが必要」との項目が盛り込まれました。
 ただし残念なことに、実施状況を点検した昨年の報告書では進展が芳しくないことが指摘されています。この状況を変えるためにも、法的効力を持つ明確な原則として打ち出すことが重要ではないでしょうか。
 そこで私が想起するのが、平和と安全の維持および促進のあらゆる取り組みにおける女性の平等な参加と完全な関与の重要性を謳った、国連安全保障理事会による1325号決議=注4=です。
 2000年10月に採択されたこの決議は、国際社会に強力なメッセージを発信しました。10年余りを経てその履行には課題も残り、さらなる後押しが求められますが、さまざまな取り組みを各地で進めるにあたって常に念頭に置くべき指針として、決議の存在が顧みられるようになった意義は大きいと思います。
 当時、採択に尽力したアンワルル・チョウドリ元国連事務次長は、私との対談集でこう訴えていました。
 「女性が関わることによって、『平和の文化』はより強靱な根を張ることができる」
 「女性が取り残されるところに、本当の意味での世界の平和はないことを忘れてはいけない」(『新しき地球社会の創造へ』潮出版社
 防災や復興という面においても、女性が担い、果たすことのできる役割は、同様の重みを持っているのではないでしょうか。
 こうした中、各地で平和維持活動に取り組んできた国連でも、2010年1月の大地震で深刻な被害が出た中米ハイチでの状況を踏まえて、1325号決議の対象範囲を自然災害にまで拡大させる必要があるとの見解を示しています。
 ゆえに私は、1325号決議が対象とする平和構築の概念を拡大させて防災や復興を含めた運用を図ること、もしくは、防災や復興における女性の役割に焦点を当てた新たな決議の採択の検討を呼びかけたい。
 そして、「兵庫行動枠組」を採択した時のホスト国であり、阪神・淡路大震災東日本大震災を経験した日本が、その旗振り役を担うとともに、国内での環境整備を早急に進め、各国のモデルケースとなることを強く望むものです。
 2年前に創設された国連女性機関(UN Women)のミチェル・バチェレ事務局長は、こう語っています。
 「私は、女性たちは機会さえ与えられれば、過酷な状況にあっても自分たちの家族や社会のために多くのことを達成できることをこの目で見てきました。女性の強さ、勤勉さ、知恵はまさに人類最大の未開発資源といえます。この可能性を拓くのに、この先100年も待つわけには絶対いかないのです」(UN Women日本国内委員会事務局のホームページ)
 この言葉の通り、女性をいつまでも災害の最大の被害者のまま終わらせてはならない。紛争防止や平和構築の場合と同じく、女性が防災や復興においても事態を好転させる最大の変革の主体者として役割を発揮できる時代を今こそ築こうではありませんか。
 「平和の文化」に果たす女性の役割について意識啓発に取り組んできたSGIとしても、今後、災害に関する分野における女性の役割に焦点を当てた意識啓発を草の根レベルで広げていきたいと思います。