小説「新・人間革命」厚田 24  2012年7月13日

山本伸一は、祝賀の集いに続いて県長会に出席したあと、厚田村の望来でブロック長、ブロック担当員として活躍する、元藤徹・トミ夫妻が営む食料・雑貨店に向かった。
彼は、一九六〇年(昭和三十五年)に厚田村を訪問した折、当時、鮮魚店をしていた元藤夫妻に、「いつか、お宅に伺います」と約束していたのである。
伸一は、元藤夫妻について、「厚田村で商店を経営しながら、地域に学会理解の輪を広げようと、懸命に頑張り続けています」との話を聞いていた。
それだけに、なんとしても、激励せずには、いられなかったのである。
墓地公園から車で十分ほど行った集落の一角に、元藤夫妻が営む元藤商店があった。
車を降りた伸一は、店の戸を開けながら、「こんばんは!」と声をかけた。
ふくよかな顔に、優しい笑みを浮かべ、婦人が店に出て来た。元藤トミであった。
彼女は、一瞬、『山本先生に、あまりにもよく似ている。もしや、先生ではないか』と思った。しかし、『まさか、先生がうちになど来られるはずがない』と思い直した。
その時、夫の徹が、「先生!」と言って、奥から飛び出して来た。トミは、絶句した。
伸一は、微笑みながら言った。
「今日は、十七年前の約束を果たしに来ましたよ。このお店の物を、全部、買おうと思って、お小遣いを貯めてきたんです」
徹は、「十七年前の約束ですか?」と言って、キョトンとした顔で伸一を見た。
「そうです。昭和三十五年に、厚田村に会長就任のごあいさつに来た折に、お宅に伺う約束をしたではありませんか!」
徹は、思い出したのか、「あっ!」と声をあげた。トミも驚いた表情で伸一を見た。
約束は、信頼の柱である。人の信頼を勝ち取るための最大の要件は、約束を忘れず、必ず果たしていくことだ。
たとえ、相手が忘れていたとしても、それを守っていくことによって、自分の生き方、信念、人格が確立されていくのである。