小説「新・人間革命」厚田 36  2012年7月27日

飯野富雄とチヨは、やがて厚田総ブロックの総ブロック長、総ブロック委員の任命を受けた。厚田総ブロックには、厚田村だけでなく、隣接する浜益村も含まれていた。
そのころ、厚田村までの「聖教新聞」の輸送体制は整ったが、浜益村は、依然として郵送であった。
夫妻は、『自分たちがなんとかしよう』と思った。そして、厚田村に届いた新聞を、自分たちが浜益村に運ぶことにしたのである。
厚田村から浜益村の間には、急なカーブが続く細い山道がある。急カーブの先が崖になっているところもある。曲がり切れず、崖から落下する車もある難所であった。
雨や雪などで、見通しが悪い日に、ここを越えるのは、至難の業といってよかった。
ある年の十一月、飯野夫妻は、「聖教新聞」を車に載せて浜益村へと急いでいた。
道は、山の中の砂利道で、雪が積もり、路面は凍っていた。崖の上の急カーブに差しかかった。右にハンドルを切った。曲がり切れそうになかった。急いでブレーキを踏んだ。
車は止まらず、路面を滑っていった。
「危ない!」 
妻のチヨが叫んだ。崖の向こうにある山が、飯野富雄の眼に迫った。
『もう、駄目だ!』
その刹那、車は止まった。車体の先端は、崖から突き出していた。まさに、間一髪であった。
『助かった! 御本尊様に守られた!』
そう思ったが、全身から力が抜けていくような気がした。
以来、ここを走ることが怖くなった。カーブに差しかかると、ハンドルを持つ手が、緊張で震えるのだ。それでも、「聖教新聞」を載せて、この険しい道を慎重に走り続けた。
『誰かが、これをしなければ、広宣流布は進まない。自分がやるしかない!』
その責任感が勇気となって、心の不安を乗り越えていった。人は使命を自覚した時、自分の壁を突き破ることができる。