小説「新・人間革命」 2013年 1月17日 法旗 37

愛媛滞在三日目となる一月十八日のメーン行事は、夜に行われる松山支部結成十八周年を祝賀する記念勤行会であった。
 この日の昼過ぎ、山本伸一は四国長の久米川誠太郎や愛媛県の婦人部の代表ら数人で、市内のスーパーマーケットに出かけた。
 スーパーを見れば、人びとの暮らしの一端を知ることができるからだ。何がよく売れているかで、地域の人びとの好みや、景気の良し悪しもわかる。
また、同じ物でも、地域によって価格が違う商品もあることから、松山の物価を知っておきたかったのである。
 伸一が車を降りて、スーパーに向かうと、出入り口の脇に台を出し、
 塩辛や昆布などを売っている老婦人がいた。真冬のことであり、首に布を巻き、頬かぶりしていたが、いかにも寒そうであった。
 伸一は、真っすぐに、この老婦人の〝店〟に向かった。
 「おばあちゃん。寒いでしょう」
 老婦人はキョトンとした顔で伸一を見た。
 彼は、「買わせていただきますよ」と言って、並べてあった幾つかの塩辛と昆布を購入した。
 商品を手にしながら、彼女は、目を輝かせ、笑みを浮かべた。
 品物を受け取る時、「ありがとう!」と言ったのは伸一であった。
 彼は、お辞儀をする老婦人に、「風邪をひかないようにね。お体を大切に! いつまでも元気でいてください」と語り、スーパーへ入っていった。
 たとえ見知らぬ人であっても、言葉を交わせば、心の距離は、ずっと縮まる。
 伸一は、学会員であろうがなかろうが、寒さに震えながら働く人を見れば、自然にねぎらいの言葉が出た。
奮闘している人と出会えば、励ましが口をついて出た。 人間主義とは、何か特別な生き方をすることではない。
奮闘している人や苦労している人がいたら、声をかけ、励ます。
喜んでいる人がいたら、共に手を取って喜び合う――その、人間の心の共有のなかにこそあるのだ。