小説「新・人間革命」 勇将 39 2013年 3月29日

山本伸一が参加者に視線を注ぐと、和服を着た一人の老婦人が、「先生!」と言って、イスから立ち上がった。
 伸一は、笑顔を向けた。
 「やあ、しばらくです! お元気そうでよかった!」
 「私のことを、覚えておいでなのですか」
 「もちろんです。お題目を送ってきました」
 「まあ……」
 老婦人は、目を潤ませた。彼女は、一九七二年(昭和四十七年)六月に行われた香川の記念撮影会の折、病床に伏す子息のことで思い悩み、伸一に質問したのである。
 「私の息子が重い腎臓病で入院しており、明日をも知れぬ状態です。息子は、本当に元気になるでしょうか」
 伸一は、確信をもって答えた。
 「大丈夫です。何があっても、幸福になれるのが仏法です。
 御本尊を信じて、懸命に、ひたぶるに祈り抜いていくんです。私も祈ります。題目を送ります。
 お母さんも、決して負けずに、強盛に信心に励んで、必ず幸せになるんですよ。また、いつか、お会いしましょう」
 そして、この老婦人の手を、強く握り締めたのである。
 以来、五年半の歳月が流れていた。
 老婦人は、ほおを紅潮させて語った。
 「あの日、先生は『大丈夫』とおっしゃってくださいました。
 先生の激励のおかげで、私は希望をもって立ち上がることができました。
 息子は人工透析を続けていますが、男子部の大ブロック長(現在の地区リーダー)をしており、今日も一緒に参加しています」
 老婦人が言うと、近くにいた青年と、老紳士が立った。彼女の子息と夫である。
 「それは、よかった。私への最高の贈り物です。私にとっては、皆さんが幸せになることほど、嬉しいものはないんです」
 わが命のある限り、蘇生のための光を送り続けよう──常に伸一は、そう心に決めていた。そこにこそ、最高の歓喜の大道がある。