小説「新・人間革命」 奮迅 48 2013年6月2日

戸田城聖は、短時間だが、御書講義の要諦を山本伸一に語った。
 「御書講義にあたっては、深い講義をすることだ。深い講義というのは、難しい言葉を並べ立て、理屈っぽい講義をすることではない。
 むしろ、わかりやすく、聴いた人が『なるほど、そうなのか! 目が覚めるようだ。それほど重要な意味があったのか。確信がもてた』と言うような講義だ。
 つまり、受講者が理解を深め、広宣流布の使命に目覚めることができる講義こそが、本当に深い講義といえる。
 一、二年したころには、川越地区を、今の支部並みの組織にするんだよ」
 戸田の指導を胸に、伸一は小雨のなか、勇んで川越地区の講義に出かけていった。
 職場である大東商工のあった市ケ谷から池袋に出て、東武東上線で川越に向かった。成増駅を過ぎると、ほどなく埼玉県である。
 既に夜の帳が下りた車窓に、田園が広がっているのが、うっすらと見えた。
 伸一は、『大埼玉の天地に出でよ。数多の地涌の菩薩よ!』と、題目を大地に染み込ませる思いで、盛んに心で唱題し続けていた。
 池袋駅から五十分ほどで川越駅に着いた。「小江戸」と呼ばれ、城下町として栄えた川越には、落ち着いた風情が漂っていた。
 講義会場の家は、徒歩で一、二分のところにあった。
 午後七時前、伸一は元気な声で、「こんばんは!」と言って会場に姿を現した。
 八、九人の受講者が集っていたが、一人が小声で「こんばんは」と応えただけで、皆、怪訝そうな視線を伸一に向けた。
 ほとんどの人は、伸一のことを知らなかったし、彼があまりにも若かったために、担当の講師とは思わなかったのである。
 しかし、確信に満ちあふれた、音吐朗々たる題目三唱に、皆、全身からほとばしる気迫を感じ、思わず姿勢を正した。
 「戦場はここだ。戦うのはここだ。わたしはあくまでここで勝つ気だ!」─
 ─劇作家イプセンが戯曲に記した言葉である。