【第8回】  科学者 キュリー夫人  (2014.11.1)

実りの秋は、おいしく、栄養のある、海の幸や山の幸にめぐまれる季節です。みんなも、モリモリ食べて、じょうぶな体をつくってください。
また「読書の秋」だね。10月末から11月の初めは、「読書週間」となっています。良い本は 心のごちそう です。思いっきり読んで楽しさを味わい、グングンと成長してください。
私たちの創価学会は、「本」から出発しました。1930年(昭和5年)の11月18日に、小学校の校長先生である牧口常三郎先生が、弟子の戸田城聖先生と、 『創価教育学体系』 という「子どもの幸福のための教育」を説いた本を発表したのです。
その本に「創価教育学会」という名前が記され、この日が、学会の誕生日となりました。
創価学会では、「学ぶ会」という名前の通り、できた時から学ぶことを大切にし、特に、青年たちには良い本を読むことをすすめてきました。
私も、いつも師匠の戸田先生から、「今、何の本を読んでいるか」「内容を言ってみなさい」と聞かれました。ですから、しんけんに勉強していなければ、戸田先生の前には出られませんでした。
私が、大切な未来部のみなさんに贈った「7つの指針」にも、「本を読もう」という項目が入っています。
世界には、みなさんと同じ年のころから本をたくさん読み、やがて科学の大発見をした女性がいます。マリー・キュリーです。その発見のおかげで、多くの命が助かりました。「キュリー夫人」として、今もたたえられ、感謝されています。創価女子短期大学にはキュリー夫人の像が立っており、短大生も夫人のお孫さんと交流しています。きょうは、このキュリー夫人学びの旅 に出かけましょう!
マリー・キュリーは、150年ほど前の1867年11月7日、ヨーロッパの中央にあるポーランドという国に生まれました。3人のお姉さんと、1人のお兄さんがいる末っ子でした。
お母さんは、マリーが生まれるころには、重い胸の病気にかかっていました。「結核」といって、私も長い間、苦しんだ病気です。
マリーは、小さい時から本が大好きで、読書にはげみました。
マリーが暮らすポーランドは、何年も前から、他の国に支配されていました。学校の授業でも、ポーランド語を自由に使うことは禁止されていました。自分たちの国の言葉で、自由に本を読み、勉強することができない時代だったのです。マリーは、それをとてもくやしく、悲しく思いました。
そんな子どもたちのために、中学校の先生であるお父さんは毎週、詩や物語、歴史を読んでくれました。イギリスやフランスのお話を、ポーランド語で聞かせてくれることもありました。お父さんが読んでくれる本が 太陽 となって、マリーたちの心を明るくしてくれたのでした。
学校に通い始めると、マリーはますますたくさんの本を読み、勉強するようになりました。
しかし――悲しいできごとが起こりました。愛するお母さんが亡くなってしまったのです。マリーが10歳の時でした。
長い時間がかかりましたが、マリーたちは、悲しみから立ち上がりました。その心の支えとなった大きな力は、本を読むことでした。
苦しい時、つらい時にも、良き本はいつも、はげましを送ってくれます。勇気や希望を呼びさましてくれます。本は、たのもしい友だちなのです。
マリーは、学校を一番で卒業してからも、多くの人の役に立てるようになりたいと、勉強をがんばり続けました。お金はありませんでしたが、学びに学んで、フランスの大学にも行くことができました。
やがて、理科の研究に熱中するようになったマリーは、大学を卒業すると、フランスに残り、理科の先生のピエール・キュリーと結婚して、キュリー夫人と呼ばれるようになりました。
2人は力を合わせ、研究を重ねました。そして、努力のすえに、まだ発見されていなかった新しい物質を取り出すことに成功しました。これを「ラジウム」と名づけ、病気の治療や科学の発展に役立てていったのです。
1903年、すばらしい研究が評価され、2人にノーベル物理学賞が贈られました。この最高の研究に贈られる賞が、今年は日本人の博士たちに決まり、明るいニュースになりましたね。
みなさんの中からも、しょうらい、世界的な大科学者がたくさん、おどり出ることを、私は大確信しています。
キュリー夫人は、それから大切な夫を事故で亡くすという大きな悲しみにもあいました。しかし、断じて屈しませんでした。さらに前を向いて、研究を続け、1911年にノーベル化学賞を受賞しました。
多くの苦しみにも、悲しみにも負けなかった夫人の心の強さ、明るさ、かしこさは、世界中の人々を、どれほど力づけたことでしょう。
2人の女の子のやさしいお母さんでもあったキュリー夫人は、戦争中、はなれて暮らす子どもたちに手紙を送りました。
「勇気をもって、耐えること」「嵐のあとにも青空がもどってくることを、信じつづけなくてはね」と。そして、「未来のために」学びぬくようにはげましました。
2人は、大好きなお母さんにこたえて、努力をつらぬきました。お姉さんは大科学者となり、母のキュリー夫人と同じノーベル化学賞を受賞しました。また妹さんは作家になってお母さんの伝記を書き、本の力で、世界中にキュリー夫人のりっぱな人生を伝えていったのです。
勉強し、本を読むことは、みなさんの未来に、たとえ、つらく悲しい雨や風の日があっても、、「嵐のあとの青空」を広げ、希望の虹をかけます。
本を読めば、どんなしれんにも負けない心を持つ人になります。本と仲良くすれば、どんなつらいことも、いっしょに乗り越えていけます。
本を読めば、知らない世界や、すばらしい人のことを知ることができます。どんな国の人とも心が通じるし、だれとでも友だちになれます。
先日も、とてもむずかしい法律の国家試験を最優秀の成績で合格した、みなさんの先輩が、「小学生の時に本をたくさん読んだことが、すべての力のもとになっています」と話してくれました。その青年は、歴史のマンガなどから本に親しんでいったそうです。
みなさんも、ぜひ、「本を読む人」「本と仲良しの人」になってください。きょうみを持てる本からで、かまいません。
この秋、一冊でも、多くの本と、友だちになってみようよ!
 
キュリー夫人の言葉は、エーヴ・キュリー著 『キュリー夫人伝』 河野万里子訳(白水社)、マリー・キュリー、イレーヌ・キュリー共著 『母と娘の手紙』 西川祐子訳(人文書院)から。参考文献は、山本藤枝著 『児童伝記シリーズ4 キュリー夫人』 (偕成社)、ビバリー・バーチ著 『伝記 世界を変えた人々1 キュリー夫人』 乾侑美子訳(偕成社)、オルギェルト・ヴォウチェク著 『キュリー夫人』 小原いせ子訳(恒文社)。