小説「新・人間革命」 革心58 2015年 7月7日

 
十八日の午後四時過ぎ、山本伸一は、創価大学創立者として北京大学を訪問した。
四年前の訪中で、日中の文化交流のために、同大学へ五千冊の日本語書籍を贈呈したのに続いて、今回は、自然科学の専門書など千二百冊を寄贈することになっていた。
周培源学長は日本訪問中で不在であったが、季羨林副学長、沈克キ副学長をはじめ、教授、学生の代表が盛大に歓迎してくれた。
季副学長は、中国を代表する知識人であり、仏教学、言語学、インド学の碩学である。
しかし、文化大革命では、「走資派」のレッテルを貼られ、残酷な暴行や拷問を受けた。
石を投げられ、唾を吐きかけられ、筆舌に尽くせぬ迫害と屈辱にさらされた。
学者として働き盛りの五十五歳から十年間、強制労働させられ、雑用にも酷使された。
そんな逆境のなかでも、学問への情熱を失うことなく、四年の歳月をかけて、古代インドの大叙事詩ラーマーヤナ」の翻訳を完成させている。
サンスクリットの詩句を中国語の散文に翻訳し、紙切れに書きなぐっていった。
それをポケットにしのばせて、労働の合間に、推敲作業を続けたのだ。
人類の精神遺産を、人びとに、後世に伝え残すため、過酷な状況のなかでも全身全霊を注ぐ──そこにこそ、「学問の心」がある。
後年、伸一は、季羨林と、彼の教え子で法華経研究の権威・蒋忠新と共に、文明鼎談『東洋の智慧を語る』を発刊することになる。
伸一は、北京大学を訪れるたびに、日本語を学ぶ学生たちと交流を重ねてきたが、この図書贈呈式の会場で、嬉しい再会があった。
終了後、一人の女性が語りかけてきた。
「先生。私は今、日本語の教師をしています。
先生は、四年前に来学された折に、クイズのようにして質問を出され、日本語を教えてくださいました。
それが忘れられません」
「そう、教師になったの! すごいことです。本当に嬉しい。日中間の友好往来の懸け橋になってください」
青年には、限りない希望の未来がある