小説「新・人間革命」 革心65 2015年 7月16日

食事の途中、廖承志会長の夫人・経普椿が、そっと夫に薬を渡した。鄧穎超は、その様子を温かい目で見つめた。 
「廖承志は、良い?看護婦?がついていて幸せですね」
すると、経普椿が言った。
「実は、いつも、ちゃんと薬を渡しているのに、帰って来たあとにポケットを見ると、そのまま入っていることが多いんです」
「それでは、廖承志に、少し自主性を持つように、指導しないといけませんね」
この言葉に、さすがの廖会長も、頬を赤らめた。姉にたしなめられた弟のように、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
そのやりとりを見て、伸一は、鄧穎超が、「鄧大姐(鄧大姉さん)」と多くの人たちから慕われ、敬愛されている理由がわかる気がした。
こまやかな気遣いと深い配慮があり、素朴で、ユーモアにあふれ、人を包み込む温かさ、明るさがある。
それは、人民の解放のために、新中国建設に身を投じ、社会の不正や差別、そして、何よりも自己自身と戦い続けるなかで、磨き鍛え抜かれた、人格の放つ輝きといえよう。
その美しさは、着飾り、外見を取り繕うことによる、時とともに失せていく美しさではない。
人生の年輪を重ねれば重ねるほど、ますます輝きを放つものだ。
人間の真実の美しさとは、魂の美である。それは、われらのめざす人間革命の道と、軌を一にする。
鄧穎超は、今回、伸一の通訳として同行した、周志英にも気遣いの目を向けた。
人民大会堂では、主に中国側の通訳によって語らいが行われたので、彼は、この時、初めて、鄧穎超と伸一の本格的な通訳を担当した。
彼女は、周志英の使う中国語(北京語)を聞くや、すぐに尋ねた。
「あなたは、香港の出身ですね」
「はい。そうです」
微妙な発音の違いから、北京語の通訳に不慣れなことや、出身地まで洞察していたのだ。