【第35回】 信心は無限の希望の泉 (2015.11.28)

大雪や荒天(こうてん)の中、聖教新聞を配達してくださっている尊(とうとう)き無冠(むかん)の友の皆様、本当にありがとうございます。くれぐれも、無事故第一でお願いします。大切な皆様方の健康とご多幸(たこう)を、毎日、懸命(けんめい)に祈っております。
教学部任用試験は、多くの会友の方々、新入会の方々も研撰(けんさん)され、受験された。尊き求道をあらためて心から讃(たた)えたい。
学びゆく人には、常に光がある。充実(じゅうじつ)と向上(こうじょう)の輝(かがや)きがある。
学会の哲学運動は、地域に「希望の連鎖(れんさ)」を広げている。
創価学会に青年が多いのはなぜか」。
かつて東北のラジオ局から問われた戸田先生は「それは哲学が深いからである」と答えておられた。
仏法こそ永遠の幸福の道だ。
信心は無限(むげん)の希望の泉(いずみ)である。
有名な御聖訓に「大願ををこせ」(御書1561ページ)と。
夢を持ち、大いなる目標に向かって進む人は、自分も強く大きくなる。生きる喜びがある。
洋々たる未来が開けていく。
わが胸に大目的の柱を打ち立てるのだ。友と手を携(たずさ)えて、人生の勝利への旅路(たびじ)を歩(あゆ)みたい。
大難を勝ち越(こ)えて仏になる。
日蓮大聖人が門下に送られた御書を拝すれば、「退転させてなるものか」 「断固として勝たせるのだ」 「一人ももれなく幸福にするのだ」との炎のごときお心が烈々(れつれつ)と迫(せま)ってくる。
生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけつみゃくしょう)」では、「自他彼此(じたひし)の心なく」 「水魚(すいぎょ)の思(おもい)を成(な)して」 「異体同心(いたいどうしん)にして」 (同1337ページ)妙法を唱えゆくことが大事なのだと教えられている。
我らは永遠に異体同心の「信心の団結」で進むのだ。
大聖人から「立派な人であった」 「立派な信心であった」と賞讃(しょうさん)される人生でありたい。
同志(とも)が一人も残らず、断じて幸せになってもらいたい。これが私の願いである。心広々(ひろびろ)と幸福と平和の連帯(れんたい)を拡大(かくだい)しよう!