小説「新・人間革命」 常楽4 2016年 1月6日

山本伸一の問題提起に、ガルブレイス博士は、一言一言、かみ締めるように、ゆっくりと語り始めた。
「それは、人生を考えるうえで、極めて重要な、根本的な質問です。
しかし、これほど難しく、また神秘的な問題はないと思います。
正直なところ、人間の死後がどうなるか、私はわかりません。
ただし、存在というものには連続性があると、私は信じております。
そして、私の場合は、来世があるかないかは、もうすぐ、この目で確かめられるでしょう」
ここでもユーモアを忘れなかった。笑いは対話の潤滑油である。
重要かつ深刻なテーマを語り合うと、どうしても雰囲気は、堅苦しくなりがちである。
博士は、皆を和ませたかったのであろう。
伸一は、そこに、繊細な気遣いを感じた。
語らいのテーマは多岐にわたり、読書論、結婚観と進んでいった。
「いちばん感銘深く読んだ本」が話題になると、二人ともトルストイと答え、博士が「オーッ!」と歓声をあげる一幕もあった。
そのトルストイは、「よい人との交際は幸福をもたらす」(注)と記している。
話題が人生論に及んだ時、伸一は、「博士のモットーは何か」を聞いてみた。
「これといった明確なものはありませんが、一つのルールといったものはあります。
『今は働こう。しかし、それを完成できるとは思うな』ということです。私は、常に、そう自分に言い聞かせています」
伸一は、すばらしい生き方であると思った。
「今は働こう」とは、壮大なる理想をもちつつ、現実を見すえ、今の一瞬一瞬を全力で行動し続けることであろう。
そして、「それを完成できるとは思うな」とは、安易に結果を求め、妥協するのではなく、より高い完成を求め、努力し続けることであろう。
伸一もまた、博士からモットーを問われ、「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」と答えた。
 
■引用文献
注 「カルマ」(『トルストイ全集9』所収)中村白葉訳、河出書房新社