小説「新・人間革命」 常楽5 2016年 1月7日
「最愛の息子を亡くしたことでした。親の私の目から見ても、知性もあり、賢い子どもでした。
それが若くして白血病になり、他界したんです……」
その言葉から伸一は、かつてトインビー博士と対談した折のことが思い出された。
人生行路のなかで遭遇した一番悲しい出来事について尋ねると、トインビー博士は、「私の息子が、自ら命を絶ったことです」と、沈痛な面持ちで語ってくれた。
体の前で指を組み、祈るような姿勢のままじっと動かず、目を潤ませる姿が、忘れられなかった。
どんなに著名な人の人生にも、悲哀の大波がある。
人は、宿命の嵐に身悶えながら、戦い、生きている。試練なき人生はない。
その苦悩に負けるか。その苦悩のなかで自らを磨き、高め、強くしていくか――そこに人生の幸・不幸のカギがある。
ガルブレイス博士は、さらに、自分をインド大使に任命したジョン・F・ケネディ大統領が凶弾に倒れた時の苦衷を述懐した。
語らいのなかで伸一が、明年にはインドを訪問する予定であることを告げると、博士は、こうアドバイスした。
博士のインドでの大使生活を支え続けてきた夫人は、驚くほど、現地の事情に精通していた。
生活者の視点に立つ女性の眼は、最も的確に、その社会の実像をとらえる。