小説「新・人間革命」 常楽8 2016年 1月11日

山本伸一の意見に、ガルブレイス博士は、「まさにその通りです。全く異論はありません」と賛同の意を表した。
会談は佳境に入っていった。
博士の著書『不確実性の時代』が話題となり、伸一は、現代社会から確実な指導理念が喪失してしまったとの同書での指摘に、強く共感したことを述べた。
現代は、戦争、核兵器の脅威、公害、資源や人口問題等々、人類の生存をも危うくする重要な問題が山積している。
しかし、人びとは、それらの課題に取り組むうえでの指導理念、哲学を見いだせずにいるのだ。
伸一は、なんとしても、この危機を回避しなければならないと決意していた。
なかでも第三次世界大戦は、断じて起こしてはならないと、固く心に誓っていたのである。
そのための根本的な指導理念こそ、仏法の説く生命尊厳の哲理であり、それを世界の人びとが共有することで、人類の危機の回避も可能となると確信していた。
しかし、いかに仏法の法理が優れ、自分が絶対の確信をいだいていたとしても、それを社会に開いていくには、その法理の偉大さが学問的にも検証され、共感を得ることが不可欠となる。
この努力を欠く時、宗教は独善と教条主義に陥る。
ゆえに、伸一は、世界の知性との対話に努めたのである。
彼は尋ねた。
「私は、不確実性の時代のなかで確実性を模索していくうえで、いかなる指導理念が必要になるかを、お伺いしたいと思います」
博士は答えた。
──かつては、アダム・スミスカール・マルクスの思想も、確実性をもつものとして受け入れられてきたが、時代の経過のなかで誤りが明らかになり、その確実性が揺らいでしまった。
基本的には、人間の行う努力は、常に修正されていくべきであり、それによって、私たちの人生は、より安全で、平和で、知的なものとなる。
そして、その考え方を受け入れること自体が、究極的には一つの指導理念になるのではないか、と。