小説「新・人間革命」常楽9 2016年 1月12日

ガルブレイス博士は、人間はイデオロギーにとらわれてしまうと、現実から目をそらし、思考から逃避して、理論の鋳型にはめて物事を判断するようになることを危惧していた。
山本伸一も、イデオロギーや理論といった、あらかじめ定められた外的な規範に、自らの判断を預けてしまうことには反対であった。
それが人間の精神を縛るという本末転倒に陥りかねないからである。
伸一は語った。
「私は、判断を下していく人間自身が、葛藤を繰り返し、瞬間瞬間、心が移ろう、矛盾をはらんだ不確実な存在であると、認識することが大切だと思います。
したがって、その人間を高め、成長を図っていくことが、常に的確な判断をしていくうえで、極めて大事であると考えます。
それには、人間を磨き高める、普遍的な生命哲理が必要不可欠であり、私どもはそれを仏法に見いだしています。
真実の仏法とは、一言すれば、万物、宇宙を貫く永遠不変の根本法則といえます。
そして人間の生命には、本来、汲めども尽きぬ英知の泉が具わっており、その泉を掘り当て、汲み上げていく方途を、仏法は教えています。
この生命の法則に根差して、自身の可能性を開いていくことを、私どもは人間革命と呼んでいます。
私は、トインビー博士や行動的知識人として知られたアンドレ・マルロー氏らと、人類の抱える諸問題について話し合いを重ねてきました。
そのなかで、仏法を基調にした精神変革、人間革命の運動こそ、
二十一世紀を開く大河となる思想運動であるとの賛同を得ております」
博士からは、率直な反応が返ってきた。
「仏法については、私の理解は極めて浅いものです。それだけに、示唆に富んだお話であると思います」
謙虚な言葉であった。
偉大な学識の人には、真摯な向学と求道の心がある。