小説「新・人間革命」 力走31 2016年4月29日

栗山三津子の手術は、大成功に終わった。
そして、年末に退院し、年が明けると、何事もなかったかのように、元気に活動を開始し、これまで以上に、強い確信をもって、多くの同志を励ましていくことになる。
十二月四日、山本伸一は峯子と共に、三重研修道場から、車や列車を乗り継いで大阪へ行き、伊丹空港から、空路、高知へと向かうことになっていた。
この日、三重は曇天であったが、大阪に入ると、雨が降り始めた。高知も雨だという。
飛行機は、少し遅れて伊丹空港を飛び立った。高知空港は雨のため視界が悪く、しばらく上空を旋回していた。
もし、着陸できなければ伊丹空港に引き返すことが、機内アナウンスで伝えられた。
伸一の一行を出迎えるために、高知空港に来ていた県長の島寺義憲たちは、灰色の雨空をにらみつけながら、心で懸命に唱題した。
伸一が四国を訪問するのは、一月、七月に続いて、この年三度目である。
しかし、高知入りは六年半ぶりであった。
それだけに島寺は、何が何でも山本先生に高知の地を踏んでいただくのだと必死であった。
一行の搭乗機は、高知上空を旋回し続けていたが、遂に午後四時半、空港に着陸した。
予定時刻より、一時間近く遅れての到着であったが、乗客は皆、大喜びであった。
伸一は、機長への感謝を込め、和歌を詠み贈った。
 
  「悪天に 飛びゆく操縦 みごとなる
   機長の技を 客等はたたえむ」
 
彼は、その見事な奮闘への賞讃の思いを、伝えずにはいられなかったのである。
皆が感謝の思いを口にし、表現していくならば、世の中は、いかに温かさにあふれ、潤いのあるものになっていくか。
空港のゲートに伸一の姿が現れた。
「先生!」と、島寺は思わず叫んでいた。
伸一は、微笑み、手をあげて応えた。
「新しい高知の歴史をつくろう!」