【第27回】 マレーシアの木陰     (2016.6.1)

「思いやりの世界」を広げる人に!
人々のために 社会のために 自分を磨き鍛えよ
 
──それは、200年前のマレーシアの物語です。
ある少年が、毎日、お父さんに語学の勉強をさせられていました。
〝もう勉強は嫌だ!〟
遊び盛りの少年は、ついに我慢ができなくなってしまいます。
すると、なぜ学ぶことが大切なのか、お母さんが優しく語り掛けてくれました。
「もし、私たちがあなたにある程度の財産を残したとしても、あなたの運が悪ければ、それは一瞬のうちに目の前から消え失せてしまうでしょう。
立派な知識と学問は、そのようなものではありません。命があなたの体から離れて行く時に始めて、それは離れて行くのですよ」と。
これは、マレー文学の古典『アブドゥッラー物語』の名場面です。
この父母の励ましを胸に、アブドゥッラー少年は、勉強に勉強を重ね、やがて〝言語の教師〟として歴史に名を残していくのです。
私は、この逸話が好きです。
「学ぶ」ということが、どれほど、かけがえのない宝であるか。その宝をこそ、子どもに託したい親の愛情が、どれほど深いか。胸に迫ってくるからです。
そして私の敬愛するマレーシアの父母たちと後継の若人も、この物語の如く、親子一体の尊い勝利の劇を飾っているからです。
マレーシアは、教育に力を注ぎ、人材が満天の星空のように輝く国です。
 
日本と、ほぼ同じ面積の国土に、マレー系、中国系、インド系など、多様な民族が共存する天地が、マレーシアです。
国教はイスラム教ですが、信教の自由が尊重されており、仏教やヒンドゥー教の祝日もあります。多彩な文化が交わり、マリンロード(海の道)の〝黄金の国〟と謳われる海洋貿易の要地です。
首都のクアラルンプールには、伸びゆくマレーシアを象徴するように、大きなビルやタワーが並んでいます。
21世紀が開幕した2001年には、「マレーシア総合文化センター」が誕生し、わがSGI(創価学会インタナショナル)の同志が、良き国民、良き市民として、生き生きと活躍しています。
今年の創立記念日を目指して、マレー半島南端の都市・ジョホールバルに、「SGI東南アジア研修センター」の建設も進んでいます。アジアの平和の連帯のため、そして、その未来を担う皆さんのため、着々と手を打ってきました。
これまで、私は、1988年と2000年の2度、この美しき国を訪問しました。街の歩道には木々が豊かに生い茂り、そこを歩けば濃い緑の香りに包まれます。
常夏の国・マレーシアの日差しは、とても強い。その中にあって、街路樹の〝自然の日傘〟で陰のできた緑道が、道行く人々を守り、安らぎを贈っています。
街では、さまざまな言語で書かれた看板が、次々と目に飛びこんできます。マレー語、中国語、英語──。人々の会話では、言語を自在に使い分け、仲良くコミュニケーションを図っているのです。
街のいたるところで「思いやりの心」を発見できる。そんな温かな社会がマレーシアにはあります。
創価大学が交流協定を結ぶ名門マラヤ大学も、「人類のために学ぶ」という理念を、誇りも高く掲げています。
医学校として創立された当初から、他の国々から移住した人々への医療を充実させるなど、「生命への奉仕」「民衆への奉仕」を果たしてこられました。
「自分のため」だけではなく、「人々のため」「社会のため」に、という学びの挑戦の中でこそ、本当の自分の底力が発揮されます。
「思いやりの心」と「学びの心」という二つの翼を、家族や友人を大切にしながら、学校へ、社会へ、そして世界へと広げていこうと努力できる人は、自分を無限に強く、高めていくことができる人です。
古来、マレーシアは、中国やインドを結び、大陸から太平洋の方向へと南下する民族移動の地でもありました。
1927年、この「文明の十字路」を旅した一人の詩人がいます。インドの詩聖・タゴールです。
マレーシアのマラッカ、クアラルンプール、ペナンなどの都市を訪れた彼は、自らが創立した「タゴール国際大学」の建学理念でる「全人教育」「世界市民の育成」について語り、賛同を集めて歩きました。
彼は、遠く離れた異国の地で、祖国・インドの文明が、他の文化と共存している姿を、深く心に刻んでいったのです。
タゴールは、「平和というものをは、外からくるものではなく、内から出てくるものなのです」と叫びました。
友情や思いやりといった「内なる精神」の力が、真の平和を築くと考えました。大学を創立したのも、どこまでも青年たちの人間性を高めるためなのです。
わが創価大学には、「タゴール広場」があります。
キャンパスでは、マレーシアやインドをはじめ各国からの留学生が、多様性を認め合いながら、共生と友情の絆を育んでいます。
若き世界市民が励まし合いながら、グローバル社会の未来を担う英知の指導者に成長しゆく様子を、タゴール像も、じっと見守ってくれています。
「思いやりの心」と「学びの心」があれば、どんな違いがあっても、人類は共感し合い、皆の幸福と世界の平和のために、前進していくことができるのです。
 
タゴールとほぼ同時代を生きた創価教育の父・牧口常三郎先生の生誕から、今月で145周年になります(6月6日)。
牧口先生は、正義と勇気の教育者でした。軍国主義に突き進む日本では、子どもたちは「お国のために戦場へ」と教えられました。
その中で、牧口先生は、教育の根本目的は「子どもたちの幸福」であると断言したのです。いかなる迫害をも恐れない、師子王の叫びです。
とともに牧口先生は、誰よりも子どもたちを思いやる方でした。
若き日、北海道での教員時代、あかぎれの子どもがいれば、教室でお湯を沸かして手を洗ってあげたり、雪道を登下校する児童の手を引いたり、背負ったりされたことも、感謝を込めて語り継がれてきました。
東京での校長時代は、弁当を持ってこられない子どものために、自身の給料から、豆もちや簡単な食事を用意されてもいたのです。
誰も置き去りにしない「思いやりの心」──それが、創価教育の原点であり、学会精神です。
 
2000年、国立プトラ大学での式典の折、驚き、胸を打たれたことがあります。
マレー語でスピーチされていたカマリア教育学部長が、その最後を、じつに美しい発音の日本語で結んでくださったのです。
「世界平和という池田先生の『生涯の夢』が達成されますように」
学部長は何度も、日本語を練習してくださっていたのです。
語学の力が、友情をいかに深めるものか、あらためて心にしみ入りました。
ともあれ、真の知性の人には「思いやりの心」があります。真の人格の輝きがあるのです。
法華経」に説かれる知性の人間像に、「観世音菩薩」がいます。観世音とは、「世音」すなわち世の中の「音」「動き」を公正に「観ずる」菩薩とされています。
この菩薩は、多様な現実に応じ多様な姿を現して、人々を救っていきます。
それは、仏の姿や、梵天、帝釈という大指導者の姿をはじめ、さらに王、長者、大臣、在家の男女、子どもの男女の姿です。あらゆる職業、立場、階層にわたる、全部で33のさまざまな姿を現じて人々を救うと説かれます。
そして、この観世音菩薩の相手を思いやる「智慧」と「生命力」は、唱題によって、わき上がってくるのです。
「どうしたら、この友を励ませるだろう」「どうしたら、あの友が笑顔になるだろう」、さらに「どうしたら、こうした難題を打開できるだろう」
──真剣に、祈り、悩み、学び、智慧をしぼって行動していく。そうすれば、真心は必ず通じます。道は開かれます。
本当に賢い人とは、思いやりと真心で友情を広げ、あらゆる創意工夫を重ねて世界を変えていく挑戦者なのです。
 
マレーシア創価幼稚園を初訪問した際(2000年)、園内に、マレーシア・シンガポール・香港・札幌の「創価幼稚園の木」と、「創価学園の木」を記念に植えました。
棕櫚というヤシ科の木々は今、青い葉を茂らせ、未来に伸びゆく人材の象徴となっています。
私は、マレーシアの友に詠み贈りました。
 
 青春の労苦は
 ことごとく未来大成の養分だ
 それなくしては大樹は育たない
 労苦とは鍛えの異名
 飛翔のための
   尊き〝心の財〟なのだ
 ゆえに
 勇んで労苦を引き受け
 友と同苦し
 民衆に 社会に
 奉仕しゆく利他の人であれ
 
大いなる理想に向かい、〝信心の根っこ〟を深く、がっちりと伸ばした人は、将来、自身の勝利の枝葉を、堂々と社会に広げていくことができます。
「根ふかければ枝しげし」(御書329㌻)との御金言の通りです。
マレーシアの未来部のメンバーも、友を、家族を、世界の人類を大きく自在に守りゆく大樹へと育ってくれています。
強い日差しにも負けずに枝葉を伸ばし、人々に、憩いと安心の木陰をもたらしてくれる、マレーシアの街路樹のように──。
マレーシアの同志の社会貢献はめざましい。国家の独立記念の行事での見事な活躍とともに、水害の復興にも尽力されています。さらに「ラン・フォー・ピース(Run For Peace)」という、平和を願っての大行進も大きな反響を呼んでいます。
 
日蓮大聖人は、仰せになられています。「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(御書1173㌻)と。
青春時代は、生涯の土台をつくるチャンスです。
広宣流布」即「世界平和」という大目的に向かって、学びに学び、鍛えに鍛えた若き生命は、知性と人格という「心の財」を限りつなく積んでいくことができます。
皆さんが、この豊かな「心の財」を粘り強く積み重ねながら、お父さん、お母さんも、そして世界の同志も、皆が喜び、喝采してくれる勝利の物語を、百年先、二百年先の未来へ示してくれることが、私の希望です。
 
タゴールの言葉は我妻和男ほか訳「書簡集」(『タゴール著作集第11巻所収、第三文明社刊)。参考文献はアブドゥッラー著『アブドゥッラー物語』中原道子訳(平凡社刊)、『タゴール著作集』第8・10巻(第三文明社刊)、我妻和男著『人類の知的遺産61 タゴール』(講談社刊)。