小説「新・人間革命」源流 26 2016年10月1日

インドのメンバーとの語らいを通して山本伸一が感じたことは、多くの人が宿命の転換を願って信心を始めたということであった。
インドでは、業(カルマ)という考え方が定着している。
─すべての生命は、永遠に生と死を繰り返す。その輪廻のなかで、業、すなわち身(身体)、口(言語)、意(心)による行為で宿業がつくりだされ、その結果として、現在の苦楽があるということである。
つまり過去世からの悪い行いの積み重ねが悪因となって、今世で悪果の報いを得る。反対に、良い行いをすれば、善果の報いを得られる。
また、今世の悪業は、さらに来世の悪果となり、善業は善果となる。
この生命の因果は、仏教の教えの基調をなすものでもあるが、問題は、悪果に苦しむ現世の宿業をいかにして転換していくかにある。
こうした考え方に立てば、いかに善業を積み重ねても、今世にあって悪業の罪障を消滅することはできない。
苦悩の因となっている悪業は、遠い過去世から積み重ね続けてきたものであるからだ。
罪障の消滅は、現在はもとより、未来世も永遠に善業を積み続けることによってなされ、今世では、自身の苦悩、不幸に甘んじるしかないのだ。
この世で苦悩からの解放がなければ、人生は絶望の雲に覆われてしまう。
しかし、日蓮大聖人の仏法では一生成仏を説き、今世において自身の仏の生命を顕現し、宿業の鉄鎖を打ち砕く道を教えている。
信心によって人間革命し、何ものにも負けない自分をつくり、一切の苦悩を乗り越えていくことができるのだ。
私たちは、この苦悩の克服という実証をもって、日蓮仏法の真実を証明し、広宣流布を進めていくのである。
いわば苦悩は、正法の功力を示すための不可欠な要件であり、宿命は即使命となっていくのだ。
信心によって「あきらめ」の人生から「挑戦」の人生へ──インドのメンバー一人ひとりが、それを実感し、歓喜に燃えていたのだ。