小説「新・人間革命」 大山 五十七 2017年3月10日

学会は、「創価学会仏」なればこそ、永遠なる後継の流れをつくり、広宣流布の大使命を果たし続けなければならない。
山本伸一は、強く自分に言い聞かせた。
断じて、人材の大河を開いてみせる! 彼は、一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、恩師・戸田城聖が最も窮地に立たされていた時、自宅へ呼ばれ、後事の一切を託された日のことを思い起こした。
戸田は、四九年(同二十四年)秋、出版事業が暗礁に乗り上げると、状況打開のために東光建設信用組合の専務理事として金融事業に着手する。
しかし、時代の荒波をもろに被り、事業は悪化の一途をたどった。
そして、遂に業務停止という最悪な事態を迎えたのである。
新たな活路を求めて、戸田が最高顧問となって大東商工がスタートしていたが、それも思うに任せなかった。
社員のなかには、戸田を恨み、憎み、罵りながら、去っていく者もいた。
一部の債権者は彼を告訴さえしており、事と次第によっては、逮捕もされかねない状況である。
戸田は、自ら当局に出頭し、事情説明にあたる覚悟を固めていた。
そのなかで、東光建設信用組合の残務整理のために、伸一を自宅に呼んだのである。
戸田が妻の幾枝を傍らに置き、率直に心の内を語り始めると、幾枝は肩を震わせて泣き伏した。
将軍の妻が「大切な時に泣くとは、いったい何事だ!」と、彼は叱咤し、伸一に言うのであった。
「私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、組合のことも、また、大東商工のことも、一切、君に任せるから、引き受けてくれまいか。
そして、できることなら、私の家族のこともだ」
さらに、言葉をついだ。
「私の、この世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。わかっているね。
何が起きたとしても、しっかりするんだぞ」
いかなる事態になろうが、共に広宣流布の大使命に生き抜いてこそ師弟である。