小説「新・人間革命」 大山 五十八 2017年3月11日

戸田城聖の目は、広宣流布の未来を見すえていた。
その未来へ、創価の魂の水脈を流れ通わせるために、彼は、山本伸一という一人の弟子に、後継者として一切を託そうとしていたのである。
伸一には、その師の気持ちが痛いほどわかった。戸田は、再確認するように語った。
「私と君とが、使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命も達成する時が来るだろう。
誰がなんと言おうと、強く、強く、一緒に前へ進むのだ!」
伸一は、潤んだ瞳を上げた。
「先生、決して、ご心配なさらないでください。
私の一生は、先生に捧げて、悔いのない覚悟だけは、とうにできております。
この覚悟は、また、将来にわたって、永遠に変わることはありません」
まさに背水の陣ともいうべき状況のなかでの、厳粛な師弟の対話であった。
この時、伸一の脳裏に、湊川兵庫県神戸市)の戦いに赴く武将・楠木正成と長子・正行の父子が交わした別れの語らいが浮かんだ。
一三三六年(延元元年・建武三年)、正成は、朝敵となった足利尊氏の上洛を防ぐために、湊川の戦場へと向かう。
しかし、討つべき足利方の軍は大軍であり、敗北は必至であった。
死を覚悟しての戦いである。
正成は湊川での決戦を前にし、桜井(大阪府三島郡島本町)の地で正行を呼び、引き返すように告げる。
だが、正行も、父と共に討ち死にする覚悟であり、帰ろうとはしない。
正成は、涙ながらに、もしも二人が共に討ち死にしてしまえば、尊氏の天下となってしまうことを訴え、正行を説き伏せる。
その情景を歌にしたのが、楠公と呼ばれる「青葉茂れる桜井の」(作詞・落合直文)である。
戸田が愛し、青年たちに、よく歌わせた歌である。正成は、正行に言う。
「早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国の為」――この歌詞に戸田は、青年たちへの、早く巣立ってほしい。広宣流布の大願に生き抜け!との願いを託していたのである。