小説「新・人間革命」 雄飛 五十五 2017年8月18日

戸田城聖は、海外を旅したことはなかった。
しかし、メキシコに関する本をよく読んでおり、写真などで見た独立記念塔と街並みが、頭に入っていたのであろう。
また、父親の仕事のため幼き日をメキシコで過ごした、大阪支部の初代婦人部長の春木文子にも、現地の様子をよく尋ねていた。
戸田は、山本伸一に、あまりにも克明に情景を語るのであった。
そして、さらに言葉をついだ。
「伸一、世界が相手だ。君の本当の舞台は世界だよ……」
戸田は、まじまじと彼の顔を見ながら、やせ細った手を布団の中から出した。
その衰弱した師の手を、弟子は無言で握った。
「伸一、生きろ。うんと生きるんだぞ。そして、世界に征くんだ」
──伸一は、この時の師弟の語らいを、峯子にも詳細に話してきた。
彼は、十六年前の一九六五年(昭和四十年)八月に初めてメキシコを訪れ、独立記念塔を見た時にも、戸田の言葉が思い起こされ、深い感慨を噛み締めた。
今再び、陽光に輝く記念塔の前に立った伸一の胸には、「世界に征くんだ」という恩師の魂の言葉が、熱くこだましていた。
先生! 私は、世界を駆け巡っております。必ずや、世界広布の堅固な礎を築いてまいります。
先生に代わって! 誓いを新たにする彼に、峯子が言った。
「今日二日は、戸田先生のご命日ですね」
「そうなんだよ。その日に、車を降りて歩いていたら、ここに来ていた」
「きっと、先生が連れてきてくださったんですね」
二人は頷き合いながら、記念塔を仰いだ。
伸一たちは、翌日にはメキシコ市の市庁舎等を訪問し、次の訪問地であるメキシコ第二の都市グアダラハラへと向かった。
ここでは個人会館を訪れ、懇談会などを開いてメンバーを激励。グアダラハラ大学を訪問し、総長との会見や記念講演を行った。