小説「新・人間革命」 雄飛 五十八 2017年8月22日

五月十二日、山本伸一は、創価学会ソ連文化省、モスクワの東洋民族芸術博物館と共催で行った「日本人形展」のオープニングの式典に出席した。
さらに、この
日午後、コスイギン前首相の息女であるリュドミーラ・グビシャーニが館長を務める、国立外国文学図書館を訪れ、会談したのである。
ベージュのセーターと青のスーツに身を包み、柔和で理知的な笑みをたたえた彼女の澄んだ瞳に、コスイギンの面影が宿っていた。
伸一が、墓参の報告をし、弔意を述べると、彼女は、声を詰まらせながら応えた。
「先生がおいでくださったことに、人間的な心の温かさを感じ、感激で胸がいっぱいです」
そして、前首相が伸一と初めて会った日のことを、懐かしそうに語り始めた。
「その日、執務を終えて家に帰ってきた父が、私に、『今日は非凡で、非常に興味深い日本人に会ってきた。
複雑な問題に触れながらも、話がすっきりできて嬉し
かった』と言いました。また、『会長からいただいた本を大切に保管しておくように』と、私に委ねたのです」
それから彼女は、「ぜひとも先生に、何か贈らせていただこうと、家族全員で相談いたしました」と言い、ガラス製の花瓶を差し出した。
コスイギンが六十歳の時、「社会主義労働英雄」として表彰された記念品であった。
さらに、革で装丁された二冊の本が贈られた。前首相の最後の著作であり、他界するまで書斎に置かれていた本である。
「父の手の温かさが染み込んでおります。父に代わって、私からお渡しいたします」
伸一は、感謝の意を表しつつ語った。
「この品々には、大変に深い、永遠の友誼の意義が含まれております。日本の民衆に、そのお心を伝えます。ご家族の方々のご多幸をお祈り申し上げます」
親から子へ、世代を超えて友情が結ばれていってこそ、平和の確かな流れが創られる。
別れ際、いつまでも手を振り続ける彼女の姿が、伸一の心に深く刻まれた。