小説「新・人間革命」 暁鐘 九 2017年9月9日

残雪をいただいたバルカンの山々が美しく輝いていた。
フランクフルトを発って約二時間半、山本伸一たちの一行は、東欧の社会主義国であるブルガリア民共和国(後のブルガリア共和国)の首都ソフィアの空港に到着した。
この訪問は、ブルガリア文化委員会の招聘によるものであり、伸一にとっては初めてのブルガリアであった。
ソフィアは山々に囲まれた緑の街である。
空港で同委員会の第一副議長であるM・ゲルマーノフ文化担当大臣らの出迎えを受けた一行は、夜には文化委員会を
表敬訪問し、さらに、ソフィア市内のホテルで行われた歓迎宴に出席した。
翌二十一日午前、「九月九日広場」(後のバッテンベルク広場)にある、同国の初代大統領ゲオルギ・ディミトロフ
廟を訪ね、献花し、冥福と平和への祈りを捧げた。
九月九日は、ブルガリアの「革命記念日」である。
続いて科学技術振興委員会に、N・パパゾフ議長を訪ねた。
議長は病後で、公式行事に姿を見せることもなかっただけに、健康が懸念された。伸一が「今日はブルガリア訪問のごあいさつだけで、おいとまさせていただきます」と言う
と、議長は笑顔を向けた。
「もう大丈夫です。ぜひ、お目にかかろうと、この日を楽しみにしておりました」
議長は、一九六七年(昭和四十二年)から七一年(同四十六年)まで駐日大使を務め、その間に伸一の講演を聞く機
会があり、深い感銘を受けたという。
また、当時、創価大学が建設中であったという記憶があるが、既に開学したのか
を尋ねた。「もう十年になります」と答えると、嬉しそうに目を細めた。
伸一は、両国の交流に全力を尽くすことを述べて、辞去しようとイスから立った。
議長は両手を出して止めようとす
る。
「私を心配し、大事にしてくれることは、本当に感謝します。しかし、医者の許可も得ています。どうぞ、座ってく
ださい」
何か必死なものが感じられた。
向上を欲する進取の精神は、対話を求める。