小説「新・人間革命」 暁鐘 十五 2017年9月18日

一夜明けた二十二日午前、山本伸一たちは、ブルガリア国家評議会(後の大統領府)に、国家元首である同評議会のジフコフ議長を表敬訪問した。
折からブルガリア建国千三百年祭で、外国の賓客が相次いでいることを考え、伸一は、最初に、「早くおいとまいたします」と告げて、語らいに入った。
そして、黒海の汚染が進みつつあることを憂慮していた伸一は、沿岸諸国が協力し、浄化を進めていくことを提案した。
黒海の海面から水深二百メートルより下は、地中海系の水が入り込み、停滞しているため、塩分が高い。
溶存酸素もなく、硫化水素が多いことから、魚類はすめない状態であった。
漁業は、主に、水深が浅く、各河川の流入で塩分の少なくなった北岸で行われてきた。
しかし、この沿岸も、近年、各河川からの、流入泥土などによるヘドロ化が懸念されていたのである。
「そこで、貴重な自然資源を守るうえからも、二十一世紀をめざして、黒海をたくさんの魚がすむ、豊かな青い海にしていってはどうでしょうか。
その費用を捻出するために、沿岸諸国は、互いに少しずつ武器を減らし、力を合わせて、黒海をきれいにしていってはどうかと、提案したいと思います」
議長は賛同しつつ、こう述べた。
「そうです。お互いに武器を減らさない限り、その構想を実現することは不可能です。
しかし、アメリカとソ連の緊張関係があり、北大西洋条約機構NATO)とワルシャワ条約機構WTO)の緊張関係があります」
ソ連をはじめ、ブルガリアなどはワルシャワ条約機構の加盟国だが、黒海南側のトルコは北大西洋条約機構に加盟している。
黒海の海はつながっている。
しかし、沿岸諸国の背景にある東西両陣営の対立が、国と国との結束を阻み、環境破壊を放置させる結果になっているのだ。
イデオロギーが人間の安全に優先する――その転倒を是正する必要性を訴え、伸一は世界を巡ってきたのである。