池田先生と大阪 (上)  ​(2019.3.15)


「大阪の戦い」に学ぶ勝利の要諦
威風も堂々とそびえ立つ大阪城。「常勝関西」は、どこまでも「法華経の兵法」を根本に、師弟共戦で築き上げられた“広布の錦州城”である(200711月、池田先生撮影)
 
師弟不二の祈り
1956年(昭和31年)7月、参院選・大阪地方区の勝利で「“まさか”が実現」と世間を驚かせた「大阪の戦い」。池田先生はこの戦いを通し、全国の同志に“勝利の要諦”を示してきた。
第一の要諦は「師弟不二の祈り」である。
池田先生は2006年(平成18年)78日、73記念の代表者協議会(東京・新宿区内)の席上、ちょうど50年前の決戦の日を述懐しつつ、師弟に徹し抜く中にこそ必勝の力がある、と訴えた。
1956年(昭和31年)の78日のことである。その日は、日曜日であった。
あの「大阪の戦い」の指揮を執り、私は祈り抜き、戦い切って、関西本部で決戦の朝を迎えようとしていた。
早朝5時ごろ、静かな館内に電話のベルが鳴り響いた。
私は、東京におられる戸田先生からの電話であると直感した。
居住まいを正して受話器をとると、先生の声である。
「関西はどうだい?」
私は即座に、おこたえした。「こちらは勝ちます!」
瞬時の師弟の呼吸であった。「そうか。勝てるか。勝ってくれるか。うれしいな。うれしいな」
先生が命の底から喜びを露にされた、あの声の響きを、私は今もって忘れることができない。
そして、愛する関西の同志とともに、私は勝った。“まさか”を実現したのである。真の師匠は、弟子に勝利の道を示してくださる。
いな、師弟に徹し抜く中にこそ、「必勝の力」は、滾々と湧き出ずるのだ。仏・菩薩、諸天善神の絶対の加護も現れるのだ。
関西の指揮は、戸田先生から託された戦である。
当時、私は28歳。自分がうまくやろうとか、偉くみせようとか、そんな心は微塵もなかった。
「ただ、先生に勝利のご報告をしたい」――それだけであった。師弟こそ、無限の「智慧」と「勇気」と「生命力」の源泉なのである。
真の弟子ならば、断固として勝って、師匠に「勝利の栄光」を捧げゆくことである。それが、報恩の真髄であるからだ。
「勝てるか?」
「勝ちます!」
勝利の源泉となりゆく、この師弟の朝の深き心の呼吸を、私は後継の青年たちに伝えておきたい。
将の勢いと執念
第二に「将の勢いと執念」である。池田先生は2001年(平成13年)7月の随筆で「同じ戦うなら大闘争を! 爆発的な勝利を! 圧倒的な勝利を!私の使命はただ一つ。
この関西に、難攻不落の錦州城を築くことであった。そのために、私は全生命をなげうって、断じて勝ってみせるとの決心であった」と。
先生は勝利への執念を燃えたぎらせ、陣頭指揮を執った。
全軍の勢いの原動力は、リーダーの勢いで決まる。リーダーの執念で決まる。
私は、捨て身になって打って出た。ためらうことなく、走りに走り、叫びに叫んだ。早朝から晩遅くまで、大阪中の街々を、友の激励に明け暮れた。
行く先々で「まだ、時間がある」「まだ、励ませる」と動くうち、日に256会場を回ったともある。
全身に汗は流れ、声は嗄れ、足は棒のようになった。
124時間という、限られた時間のなかで、会うべき人、会って励ましたい人、連絡をとりたい人は、あまりにも多い。
この瞬間、この機会を逃したら、もう会えないかもしれない。
ゆえに必死だった。拠点から拠点へ、移動する途次にも、「あのお宅は学会員です」と聞けば、「せめて一分でも」と足を運んだ。
関西の友と一緒に拝した御書は数知れない。そのなかの一節に、こう仰せである。
「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986ページ)
かけがえのない「今日」を悔いなく戦い、広宣流布のため、人びとのために生ききれ! ​
「常勝」とは、断固として「今を勝つ」ことだ。「今日を勝つ」ことだ。
先生は折に触れて「リーダーの一念」が勝負を決すると示してきた。
2010年(平成22年)1月26日、信濃町創価文化会館(当時)で開かれた「SGIの日」記念協議会では“今の真剣な行動が、後世の教科書になる”と、リーダーを鼓舞している。
忘れもしない、昭和31年の大阪の戦いで、私は愛する関西の若き友に贈った。
「仏法は勝負なり」「正義に依って起て、汝の力 百倍せん」と。
そして「吾れも断固斗う。君も共に、広布の為に奮斗されん事を」と呼びかけた。
正義なればこそ、断じて勝たねばならない。熾烈な戦いにあって、その勝敗を分けるものは一体、何か。
それは、リーダーの一念である。先陣を切る将の姿である。大阪の戦いでは、まず私自身から、必死の祈りを開始した。
それが、友へと広がり、一人また一人と立ち上がり、遂には時代を動かす、大いなるうねりとなった。
風が吹けば、波が立つ。正義を叫べば、反発も起こる。
御書に「風大なれば波大なり」(909ページ)と仰せの通り、これからも、大仏法を弘めれば、必ず難が競うだろう。
それは、正義のゆえであり、代が変わる兆しなのだ。戦おう! 断じて勝つのだ。頑張ろう! 今の皆さん方の真剣な行動が、後世の教科書になっていく。(中略)
皆がどう戦ったのかを、50年後、100年後の同志が学ぶ。そういう時代が必ず来るのだ。
師とともに戦い、師とともに勝つ。ここに常勝の道がある。いかなる時代になろうとも、師弟の魂を叫び抜き、師弟の道に生きるのだ。
それが学会の強さである。それでこそ、最高の力が出る。この一点を、永遠に、わが生命に刻みつけていただきたい。
 
正義の団結
そして第三の要諦は、「正義の団結」の拡大である。
「大阪の戦い」の渦中、権力の魔性が、圧迫と妨害の鎌首をもたげてきた。
だが、関西の同志は障魔の嵐をはね返した。
池田先生の陣頭指揮のもと、「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)との御聖訓のままに、一致団結して大反撃を開始し、勝利の金字塔を打ち立てたのである。
池田先生は2001年(平成13年)5月の随筆で、その歴史を述懐。
広布を阻む悪の本質を指摘し、善人が、それ以上に強力な核を固めて、正義の団結を拡大することこそ「古今不変の勝利の鉄則」であると強調した。
団結は力である。団結は正しい。団結は美しい。団結は楽しい。
堅固な団結は、必ず各人の「境涯の拡大」をともなう。広宣流布の回転に心を合わせれば、自分中心の小さなエゴの殻を破っていけるからだ。
 
学会と共に!
同志と共に!
正義の師弟が共々に!
その心があればこそ、偉大なる人間革命の山を登ることができるのだ。
  
さあ、新世紀の栄光の扉を開く大闘争だ!
どうせ戦うならば、勝ち戦を!
勝ち戦のためには、一にも、二にも、三にも、同志の金剛の団結で進むことだ。