小説「新・人間革命」 信義の絆18  11月19日

山本伸一は、ソ連は中国を攻めないとのコスイギン首相の言葉などを、事前に、詳しく廖承志会長に伝えておいてよかったと思った。

 伸一は話題を変えた。

 機敏な対応こそ、外交の生命である。

 彼は、トウ小平副総理に尋ねた。

 「これから、日中の友好を推進していくために、最も重要な基本精神とは、なんであるとお考えでしょうか」

 トウ副総理は、大きく頷いて語り始めた。

 「中日人民が常に相互理解を深め、絶えず友情と交わりを深めていくことです。

 日中両国には、二千年以上の交流の歴史がありました。そのなかで、不愉快な期間が百年ほどありました。

 日本の軍国主義が、私たちを抑圧したのです。そして、中国人民のみならず、日本人民もまた、その被害に苦しんできました。ゆえに日本人民には責任はありません。

 また、この問題は既に過ぎ去ったことです。国交は正常化されたからです。したがって、未来に向かって、世々代々、その絆を強めていくことです」

 ――「黄金時代は前方に、未来にあるのだ」(注)とは、中国の教育家・陶行知の至言である。

 伸一は、毛沢東主席や周恩来総理の健康状態についても、率直に尋ねてみた。

 トウ副総理は、特に周総理の容体について、詳しく話してくれた。

 「この半年ほど、ずっと入院しています。病状は、私たちが思った以上に悪かったのです。

 この数年、周総理の仕事は増え続けて、疲れていました。私たちも、総理ができるだけ仕事をしないですむように対応しています。

 今は、特に重要なことだけを報告し、健康状態のよい時に指示を受けるようにしています。

 周総理は山本会長とお会いしたいという強い思いをおもちのようです。しかし、どなたとも会見はしないようにと、皆が止めている状態です」

 伸一は言った。

 「わかりました。もし機会がございましたら、周総理にくれぐれもよろしくお伝えください。ご健康を心よりお祈り申し上げます。

 また、前回、お会いした李先念副総理にも、よろしくお伝えください」



引用文献:  注 牧野篤著『中国近代教育の思想的展開と特質』日本図書センター