小説「新・人間革命」 信義の絆22

 山本伸一に会うという周恩来総理を、医師団は制した。

 「総理、もし、どうしても会見するとおっしゃるなら、命の保証はできません!」

 だが、毅然として周総理は言った。

 「山本会長には、どんなことがあっても会わねばならない!」

 よほどの思いがあるにちがいない。その言葉に医師団は困惑した。やむなく、総理夫人のトウ穎超に相談し、説得してもらうことにした。

 しかし、トウ穎超は周総理の意志を尊重した。

 「恩来同志が、そこまで言うのなら、会見を許可してあげてください」

 伸一に対する総理の深い心を、夫人は感じ取ったのであろう。

  

 ホテルを出発する前、伸一は、廖承志会長に言った。

 「周総理との会見の場には、私と妻だけが入ります。大勢と話をするとなれば、総理がお疲れになりますから」

 伸一は、それが自分たちにできる、せめてもの配慮であると思った。

 外に出た。外気は肌を刺すように冷たかった。気温は零下であろうか。

 一行は、乗用車に分乗した。

 暗い道を、かなりのスピードで進んだ。十五分ほど走ったころ、ある建物の前に着いた。

 周総理が入院中の三〇五病院であった。

 車を降りて中に入ると、そこに、人民服を着た周総理が立って、待っていてくれた。

 「ご静養中にもかかわらず、お会いいただき、ありがとうございます」

 伸一が右手を差し出すと、総理は微笑を浮かべて、その手を握った。

 「よくいらっしゃいました」

 伸一は、総理の右腕を支えるように、そっと左手を添えた。

 総理は革命闘争のさなかの一九三九年(昭和十四年)、落馬がもとで右肘の上部を骨折した。その後遺症で右腕が曲がったままになったことを、伸一は知っていたのだ。

 総理の手は白かった。衰弱した晩年の戸田城聖の手に似ていた。伸一は胸を突かれた。

 二人は、互いに真っすぐに見つめ合った。

 伸一は、痩せた総理の全身から発する、壮絶な気迫を感じた。

 時刻は十二月五日午後九時五十五分であった。