小説「新・人間革命」 信義の絆24  11月26日

周恩来総理は、これまでの中日友好の発展は、私たち双方の努力の成果であると述べた。そして、目を輝かせて語った。

 「私は、未来のために中日平和友好条約の早期締結を希望します」

 それから総理は、念を押すように言った。

 「午前中、トウ副総理と話し合われましたね。副総理をはじめ、関係者から、山本先生のお話は伺っております。

 それらの問題については、私の方から、多くを話さなくてもよろしいですね」

 ソ連のことなども、周総理の耳には、しっかりと入っているようだ。

 「はい。総理のお体にさわりますので、すぐに失礼させていただきます」

 すると総理は、ゆっくりしていくようにと静かに首を左右に振り、伸一と峯子に視線を注いだ。

 そして、二人の出身地を尋ねた。

 伸一が答えた。

 「二人とも東京です。東京の江戸っ子気質というのはさっぱりとしていて単純なんです。賢くありません。私たちも、二人で一人

前なんです」

 伸一はユーモアで答えた。総理に、少しでも心を和ませてほしかったのだ。配慮は真心の表れである。

 総理は、愉快そうに声をあげて笑った。初めて聞く笑い声であった。

 それから総理は、彼方を見るように目を細め、懐かしそうに語った。

 「五十数年前、私は、桜の咲くころに日本を発ちました」

 伸一は、頷きながら言った。

 「そうですか。ぜひ、また、桜の咲くころに日本へ来てください」

 しかし、総理は寂しそうに微笑んだ。

 「願望はありますが、実現は無理でしょう」

 伸一は胸が痛んだ。

 その時、通訳の林麗ウンのもとに、一枚のメモが回ってきた。

 伸一は、この時は知る由もなかったが、そこには「総理、そろそろ、お休みください」と記されていたのである。医師団からのも

のであった。

 彼女は、メモを総理に渡した。

 しかし、総理はすべてわかっているらしく、メモに目を通すことなく、話し続けた。

 周総理には、命を縮めても、今、会って、伸一と話しておかなければならないとの、強い思いがあったようだ。